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2025032901 [2025/03/29 20:18] monobe2025032901 [2025/03/29 22:55] (現在) monobe
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 ===== 誰が私の死に向かう精神を支えるか について少しばかり ===== ===== 誰が私の死に向かう精神を支えるか について少しばかり =====
 +{{tag>社会 死生観 日記}}
 +誕生日を控えて考えるのは私が死ぬ時、それほど長くは生きられそうにないと実感した時、誰が私を不安から守ってくれるだろう、支えてくれるだろうかと考えてみる。 \\
 +これは、誰かが支えてくれるという前提を織り込み済みの発想だけれど、どうも、その辺りから既にあやしいと考える。 \\
 +優しい声掛けが私を支えてくれるか、素敵な音楽が私の精神を不安から守ってくれるか。 \\
 +もちろん、ある程度は支えてくれるかもしれない。が、それほどでもないだろう \\
 +では、何らかの宗教に帰依するか、信心をするか \\
 +つまりは、救われたいということなのだが、宗教がそういった私たちを支える方法は、極楽天国輪廻転生がありますよ。だから、不安に思うことはないのですよという、優しき欺瞞である。もちろん、それで和やかになるのならそれを受け入れる人を否定はしない。 \\
 +ただ、懐疑派の私にはそれは無理な話で、そういうのって、私自身、つまりは自我を投げ捨てるということだよね。なんて、ひどいことを考えてしまうのだ。考えること自体が好きな人なのだ \\
  
-誕生日控えて考えるの私が死ぬ時それほど長くは生きられそうにないと実感した誰が私を支えてくれるだろうかと考える。 \\ +**走馬灯** \\ 
-これ、誰かが支えてくれるという前提を織り込み済み発想けれど、ども、その辺りから既にあやしいと考える。+今まで生きてきた元気な頃の私がを目前とした私にしっかり生きてきたよ。辛もたくさんあったけれど、楽いことや幸せだとおもっこともあったじゃないか。良い人生だよ \\ 
 +そう慰めてくれる、支えてくれる、不安ら壁なっ守ってくれる。 \\ 
 +そのために臨死体験で走馬灯を見るとなるのだうと考える。 \\
  
-あとで続き+臨死体験をした人たちが、過去からのたくさんの経験が走馬灯を見るかのようによみがえったというれである、 
 +なんどか事故で私も死にかけたけれど、走馬灯を見ていないのは、自分が思うほどの危機ではなかったのかもしれない。 \\ 
 +なぜ、走馬灯を見るのか考えるならば、多分、不安から、自分自身を守る装置はないのだろうかと私は考える。 \\ 
 +つまり、死前にした私を守ってくれる、支えてくれるのは、これまた私、私自身なのである。 \\ 
 +いろいろあったけれど善い人生だったよと支えてれるのだ。
  
 +だからこそ、日々を精一杯、充実して生きることが、死の不安を遠ざける一番の方法だと思うのだ。 \\
 +私は他人に日記をつけることを勧めることが多い。自分で撮った写真なんかを壁に貼ったりするのっていいよねと言う。 \\
 +これは私自身が間違いなく生きてきたということを、うっかり忘れてしまわないための装置として私は勧めていたりする。 \\
 +
 +ま、日記を書きましょうということで
 +
 + --- //[[am0329@kpd.biglobe.ne.jp|monobe]] 2025/03/29 21:40//
2025032901.1743247085.txt.gz · 最終更新: 2025/03/29 20:18 by monobe

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