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May 24, 2017

異形 月の竹 眠るモノ 三話

月曜日 18 7月 2011 at 6:46 pm.

「先生、見回りに行こうよ」
黒が夕食後、男に言った。
「でも、寒いし。行くのやだなぁ」
男がくすぐったそうに笑う。
「もぉ。そんなことじゃ、町を守れないよ」
怒りだす黒が面白くて仕方ないと男が笑った。黒達三人がここに住むようになって一年が過ぎた。裏社会での術師と鬼の戦いは既に鬼の優勢となり、一般の人達には知らされていないが、術師の目を擦り抜けては鬼達が暗躍し、人々をさらってその血肉を食らっていた。ようやく、この頃になると、一般の人達も鬼を目撃することとなり、嘘か真かと戸惑いながらも、夜間の外出を控え、また、昼間でも一人で歩くことを避けるようになっていた。
男が台所を覗くと、白があさぎを手伝って洗い物をしている。幸はあかねに数学を教え、それを三毛が覗き込んでいた。
「本当にありがたいことだな」
男は小さく呟くと立ち上がった。
「よし、行くか、黒」
「うん、先生」
「黒姉ちゃん、三毛も行くよ」
三毛は立ち上がると、ぱたぱたと黒の元へ走って来た。
「おとうさん、危ないことしちゃだめだよ」
幸が心配げに立ち上がったが、男は手で制すると笑みを浮かべた。
「大丈夫さ。黒と三毛が居てくれたら安心だ」

夜九時を少し回った頃、以前ならたくさんの車が行き交い騒がしかった表通りも、まばらに車が通るだけとなり、人や自転車は皆無だ。
「黒。駅前の商店街まで行こうか」
「うん。先生は黒が守ってあげるよ」
「それは心強いな」
「先生、三毛も先生を守ります」
「そうか。三毛も強くなったものな」
「ええ、呪術も使えるようになりました」
「一人前だな」
男が三毛の頭を撫でると、嬉しそうに三毛が喉を鳴らした。
冬手前の夜風は冷たい。黒と三毛は男の両脇に並び、ぎゅっと両手で男の腕を抱えるように歩いて行く。
男は初めて気が付いた。
「なんだ、二人とも随分と背が伸びたなぁ」
「三毛は一五〇センチ、黒は一六〇あるよ。白はね、ちょうど間の一五五センチ」
「そうか。初めて会った時はおじさんの腰くらいだったのになぁ」
「成長の度合いが人とは違うみたいです」
三毛が男の顔を見上げた。
「そうか、なら、来年は三メートルくらいになっているかもな」
男が笑うと、黒も一緒になって笑った。

ふと、角を曲がった先に男は人影を見つけた。
微かな街灯の明りにOL姿、会社帰りの女性だということくらいはわかる。
「これは珍しいこともあるもんだ」
「先生。一人歩きは危ないから、声をかけてくるよ」
黒がそう言って走りだそうとする、それを男が止めた。
「黒、送って行きますとか絶対言っちゃだめだぞ。まずは、こんばんは、どうして一人で歩いているのですかって尋ねること。いいかい、わかったかな」
「先生がそう言うなら、そうするよ」
男の笑みを確認し、黒が女に向かって走りだした。
「先生、どうして、黒姉ちゃんに念を押したの」
「ん・・・。すぐにわかるよ」
いたずらげに、男は笑った。
「三毛、すべての存在はそれ固有の振動数を持っている。それを読み解くことができれば、顔を見なくても誰だか、簡単に解るのさ。つまりは送って行くには遠すぎるよ」

「うわぁぁっ」
一瞬の悲鳴が聞こえた。
女の顔を見た黒は、悲鳴をあげた後、脚を震わせ今にも倒れそうになっている。
「しっかり。ぐっとお腹に力を入れなさい」
男は歩きながら、黒に声をかけた。
「左足、半歩前、相手の目の下辺りをぎゅっと睨みつける、気持ちで勝ちなさい」
三毛は何が起こったのかわからす、黒へと走り出しかけたが、それを男が止めた。
黒は歯を食いしばると、女を睨みつけた。
男は黒のすぐ隣りまで来ると、嬉しそうににっと笑った。
「かっこ良かったそ、黒。さっ、おじさんの後ろに隠れな」
まさしく、脱兎の如く、黒は男の背中に隠れると息喘いだ。

「かぐやのなよたけの姫。鬼族の国は三つに分かれていると聞きますが、そのひとつの女王が何ゆえ、こちらに」
男がさしてかしこまった風もなく、女に声をかけた。
「何処かで会ったかな」
「ええ、一度」
男は自分の首の前で、人差し指をすっと横に切った。
「まだ、少し、傷が残っているようですね」
いきなりなよたけの姫は男を睨みつけると、間合いを開け、数歩下がる、そして右腕を鋭く振った。空気が裂ける。刃、銀色の輝きが男の顔を貫く。
「先生」
黒が叫んだ。
男は左手の甲で刃が貫くのを制していた。
「斬る動作は同時に防御にもなる。黒、便利だろう」
男は笑うと、ぎゅっと目を瞑って縮こまっている三毛に声をかけた。
「三毛。おじさんの頑張っているところを見ておいてくれ」
はっと気づいたように三毛が顔を上げた。
長細い帯のような刃が、なよたけの姫の手を離れ、男の手を貫こうとしていた。
「自走式刃帯儀、元はただの絹の帯だ。こんな由緒ある技に出会うのは久しぶりだな」
いきなり、帯の反対側が繰り出し、螺旋に男の首へと、いや、ほんの数ミリ逸れ、夜陰を引き裂いた。
「黒、三毛。良く覚えておきなさい。全ての存在は特定の振動を持つ。その振動をフーリエ解析により、サイン波に分解する。それを利用して、擬似振動数を作るんだ、そうすれば対象を共鳴させ、こちらが充分強ければ、そいつを操ることが出来る。でも、弱ければ逆転されてしまうけどね」
なよたけの姫が目を見開いた。雑音、意味不明の音がなよたけの姫の口から発せられる。
「これは中間言語による呪文の詠唱。人の言葉での呪文の詠唱は、どんなに頑張っても、本来の効果の七割程。でも、中間言語なら九割は期待出来る。今夜は良い勉強になるなぁ」
男の解説に黒と三毛の二人は、恐怖も忘れ、耳を傾けた。
「でも、この辺りが焦土になっては大変だな」
ふっと男の姿が前方に倒れかけた瞬間、男はなよたけの姫の懐に入り、右手で首と頭の狭間を抑える、一瞬、なよたけの姫が気絶したところを、その膝の裏を払い、なよたけの姫に尻餅をつかせた。

「わしの負けだ、殺すなら殺せ」
すぐに意識を取り戻したなよたけの姫が男に悪態をついた。
「私は勝ったから殺す、負けたから殺されるというような、難儀な世界には生きておりませんので、困ったな」
その瞬間、ぐぅぅっとなよたけの姫のお腹が鳴った。恥じ入るように俯く。
「高貴な人は大変だ」
男はふっと商店街の方角を見つめ、そして黒と三毛の二人に声をかけた。
「いま、佳奈さんに連絡をとったよ。商店街の中華屋さんが、まだ、開いているらしい。ラーメンでも食おう」
「ほんと、いいの」
「餃子もいいですか」
「いいよ。でも、幸やあさぎには内緒だぞ」
「やっほぉ、ラーメン、ラーメン」
「と、言うことで、黒、三毛、二人でなよたけさんに肩を貸してやってくれ」
「ええっ」
踊っていた二人が硬直した。

極度に緊張した黒と三毛が、なよたけの姫に肩を貸し、左右並んで歩く。その後ろを男が歩いていた。
肩を預けたまま、なよたけの姫がにぃぃと黒に笑いかけた。
「美味そうな子猫だのぉ。頭を半分に割って、脳みそを匙ですくうて食せば、どれほど美味かろう。滋養もあるであろうなぁ」
「先生」
半泣きになりながら、黒が叫んだ。
「頑張れ、黒。根性を見せてみろ」
男は楽しそうに答えた。
「そちらの三毛猫は、腕と足を網で焼いてたれをつければ絶品じゃ。肉も柔らかそうじゃ」
三毛が息を飲んだ。
「妹はだめ」
黒が叫んだ。

商店街に入り、中華店の前、佳奈が心配そうに三人を待っていた。
「先生、なんだよ。急にさ」
「悪いね、おもしろい人と会ってさ、一緒にご飯を食べようって話になってね」
佳奈は、二人に支えられているなよたけの姫に気づくと、男に言った。
「どうしたんだい、この人。具合悪いなら、うちの車で病院、連れて行こうか」
「腹一杯食えば元気になるさ」
男は笑った。
五人は連れだって中華店に入ると、テーブルについた。
「佳奈さん、この期時世だ、帰らないと、家の人、心配するだろう」
「大丈夫さ、明りのあるアーケードの下だし、それに先生なら鬼だってやっけてしまうだろう」
「勘弁してくれよ、争いは苦手だよ。それより、すぐにできるものから頼もうかな」
「まずはビールじゃ」
いきなりなよたけの姫が浮き浮きと声を上げた。
「亭主。まずはビール二本。それから、大至急、餃子を十人前、持って参れ」
「はーい」
このところの鬼騒動で客足がさっぱりだったのだろう、久しぶりの上客に、亭主は笑顔を浮かべた。
「黒、三毛。好きなの、頼みなさい」
「ラーメン定食とからあげ」
黒が嬉しげに声を上げた。
「な、三毛はどうする」
黒が楽しそうに笑った。食べ物を前に、それまでの恐怖をすっかり忘れてしまったようだ。
「それじゃ、天津飯をお願いします。先生はどうしますか」
「そうだな。晩御飯を食べた後だし、みんなでつまめるものがいいな」
ふと、男は入り口を眺めた。
「黒、任せたよ。適当に頼んでくれ。おじさん、ちょっと、外に出る、すぐに戻るからさ」

男が外に出ると、幸が少し俯いて立っていた。
「お父さん、お財布、持って来たよ」
「ごめん。小銭しか持ってなかったよ。父さん、だめだなぁ」
幸が少し顔を上げる、涙を流していた。
いきなり、幸は男にしがみつき、ぎゅっと顔を男の胸に押し当てた。
「お父さん、力を使わないで、命を削ってしまわないで。幸はずっと、ずっと、お父さんと一緒にいたいよ」
「ありがとう、幸」
男は幸をそっと抱き締めた。
「幸は泣いている顔も可愛いけれど、父さん、幸の笑顔が一番好きだ。だって、笑顔は幸が幸せだってことだからさ」
男は幸をぎゅっと力強く抱き締めた。
「だから、ごめんね、幸。泣かせてしまって」

しばらくして男が中華店に戻ると、既にテーブルの上はビール瓶一ダースと料理で一杯になっていた。
「おや、佳奈さんも飲んでいるのかい、亭主殿に叱られるよ」
ごくりとなよたけの姫がビールを飲み干し笑った。
「お前の娘たちは未成年だからな、佳奈に相手をしてもらっておる。酒は一人で飲んでおってもつまらん」
「なんだか、なよたけさん。すっかり馴染んでおられるようで」
男が困り顔で言った。
「佳奈は気風のいい、姐御肌のいい女じゃ」
「何言ってんですよ。なよたけさんだって。いい女ですよ」
酔っ払い二人がお互いを誉めあっている、男は溜息をつくと椅子に座った。
黒は食べてさえいれば幸せなのか、嬉々とラーメンを啜っていた。
「先生。黒姉ちゃんが先生の分で春巻きや春雨のサラダを頼んでいました」
「そうか。おじさんはあっさりしたのがいいから、ちょうどいいな。そうだ、お土産を持って帰らないと、白に叱られてしまうな」
「あとで持ち帰りを注文しましょう」
三毛はそう言うと、天津飯を美味しそうに食べ出した。しかし、ふと、男を見つめて小さく呟いた。
「ごめんなさい」
男は面白そうに、そっと笑みを浮かべた。
「三人とも、あかねちゃんを救い出すときに、なよたけの姫に散々脅されたようだな。まだ、鬼の中では、話のわかる人なんだけどね。なよたけの姫は角のない鬼だし」
「先生」
三毛が食べるのをやめて男に話しかけた。
「鬼っていったい何なんですか」
「それは難しい問題だな。人とは何なのか、人の定義と同じくらいめんどくさいな。ただ、昔話のように、鬼は人間と同じように二足歩行で、角があって、というのは、正確ではないし、また、鬼は一つの種でもない。あえて言うなら鬼の世界に住んでいる人達ってことかな」
三毛が頷いた。
「十メートルを超えるような大きな奴から、なよたけの姫のように人とまったく変わらない鬼もいる、あぁ、でも、共通して鬼は性格が悪いけどね」
「あぁ、何か言ったか」
なよたけの姫がビール瓶を片手に男に声をかけた。
「鬼の解説ですよ。なよたけの姫は性格が悪いと、この子に教えておきました」
「どうも、お前は正直すぎるな。そういう時は、言葉を濁しておけ」
男がくすぐったそうに笑った。
「性格が悪いのは否定なさらない」
「長く生きて、性格が良いままのわけあるか」
「月の人として、かぐや姫のまま、月にお帰りになればよかったのに。好いた相手が鬼であったとはね」
ふいに興味深そうに、なよたけの姫が男をじっと見据えた。
「ただのエキストラのような振りをしているが、お前、どこまで知っておる」
「わりと・・・」
にっといたずらけに男は笑った。
「ええっ、なよたけさんってかぐや姫なんですか」
いきなり、佳奈が声を上げた。
「そうじゃ。当時の帝もわしにぞっこんじゃった。懐かしいのぉ」
「なよたけさん、綺麗ですもんねぇ」
「いやいや、佳奈も美人じゃ。これだけの美人はそうはおらんぞ」
「いやですよ、美人のなよたけさんにそんなこと言われたら照れてしまいますよぉ」
男は三毛に呟いた。
「酒は飲んじゃだめだぞ。大人になってもね」
「はい。必ず」

中華店のドアが開いた。
「先生、手伝いに来たよ」
恵子が店に入って来た。
「やぁ、恵子さん。幸が頼んでくれたようだね」
恵子は三毛の隣に座った。
「酔っ払いと荷物で大変だろうからって」
「まっ、そうだね。佳奈さんは家に送って行って、なよたけさんにはうちに泊まってもらうかな」
「なよたけさん・・・」
えっと、息を飲み、恵子は酔っ払いの一人を見つめた。
「う、うわっ。あれ、かぐやのなよたけの姫じゃないですかっ」
椅子から飛び上がると、恵子は男の後ろに隠れた。
「特S級の鬼ですよ。どうして、ここに」
「さっき道であってさ、一緒に飯食いますかってことでね」
「先生」
「ん」
「友達は選んだ方がいいですよぉ」
男がくすぐったそうに笑った。
なよたけの姫は足元おぼつかなく立ち上がると、ゆらゆらと歩き、恵子に近寄って、その顔をのぞき込んだ。
「お前はわしのことを知っておるのか」
「は、はいっ」
「ふむ、その態度、確かにそうじゃろうな」
なよたけの姫はばしっとテーブルを叩くと男を睨みつけた。
「わしのことを知っておる人間は普通、こういう態度をとるものじゃ、恐れおののいて命乞いをする。お前はなんじゃ。あまりにも平気な顔をしておるから、わしも、己がそう云う存在であることを見失っておったわ」
男はいたずらげに笑みを浮かべた。
「威嚇したり、相手を押さえ付けようという関係よりも、この方が楽しいでしょう」
一瞬、なよたけの姫は呆れたように男を眺めたが、
「まぁ、そうではあるわな。しかし、調子が狂うのぉ」
小さく呟いた。

顔面蒼白の恵子の後ろを、両手に持ち帰りのギョウザや空揚げの袋をもち、浮き浮きと歩く黒。三毛は男の横を、その上着の裾を握って歩く。佳奈を自宅に送り届けた後、五人は夜道を家路へと歩いていた。
恵子が背負っているのはかぐやのなよたけの姫。決して重くはないのだが、大量の脂汗をかいていた。
「お前の肉は堅そうだのぉ」
「は、はい。食用には適しておりませんです」
「しかし、その耳たぶは柔らかくてうまそうじゃ」
なよたけの姫が意地悪く笑い、恵子に囁いた。
「どれ、ひとつ、食してやろうぞ」
「か、勘弁してくださいっ。先生」
恵子がたまらず叫んだ。
男は楽しそうに笑うと、少し歩を早め、なよたけの姫の後ろ頭を軽くこつんと叩いた。
「うちの大事な娘達に変なトラウマを刻まないでください」
なよたけの姫は頭に手をやると、小声で拗ねたように文句を言う。
「この一千年以上、頭を叩かれたのは初めてじゃ」

角を曲がり、家が見える。
幸と白が家の前で出迎えていた。
黒は駆け出すと白に声をかけた。
「白。お土産だよ。いっぱい、買ってもらったよ」
「お姉ちゃん、お帰り。あっ」
白が空を見上げた。
なよたけの姫が虚空に飛ぶ。標的は幸。幾十もの自走式刃帯儀が分厚い束になり闇を白くつんざいた。
待ち構えていたように、幸が唇の端を歪め笑う。
ふぃっと幸の全身の力が抜け体が前に倒れる、地面に倒れる瞬間、爆発したかのような勢いで刀を抜き、一閃、なよたけの姫が放つ全ての刃帯儀を粉微塵に切り裂いた。
幸の姿が消えた、着地したなよたけの姫の喉元に、既に幸は刃を重ねていた。
なよたけの姫がごくっと息を飲む。
「お客様、ご冗談はほどほどに」
嬉しくてたまらないと、幸はにぃぃっと笑った。
「わしの負けだ」
幸は笑みを浮かべたまま、ゆっくりと頭を横に振る。
「もっと可愛らしくどうぞ」
突き刺すように、なよたけの姫を見つめる。
「ご、ごめんなさい」
引き込むように、口元に幸は笑みを浮かべ、なよたけ姫の耳元に顔を近づけ囁いた。
「どういたしまして」

幸は刀を消すと、男に声をかけた。
「お父さん、お帰りなさい」
「ただいま。なんだ、幸はなよたけさんと案外気が合いそうだな」
ふんと鼻を鳴らすと、なよたけの姫は少し俯いた。
「やっかみ半分でお前の娘を攻撃したが、まさか、手も足も出んとは思わなかった」
「やっかみですか」
「お前の娘が幸なのだろう。あかねは、わしの後継ぎよりも、幸という女と暮らすのだと一歩も引かなかった」

「どうしたの、あかねちゃん」
あさぎが落ち着かずにいるあかねを心配して、声をかけた。
あかねには珍しく、狼狽して、台所と居間を行ったり来たりする。
「なんでもない・・・、というか、なんでもあるんですけど」
いきなり、あかねは納戸を開け入りかけたが、頭を振り、台所に戻ると、テーブルについた。
「はっきりさせなきゃ」
あかねは椅子に座ると大きく深呼吸した。
「はい、どうぞ」
あさぎはコップに水を入れ、あかねに差し出した。
「ありがとう、あさぎ姉さん」
「ただいま」
黒の元気な声が玄関口から響いた。たたっと走る音。黒が台所へと飛び込んで来、テーブルに包みを置いた。
「先生が買ってくれたよ。ギョウザ、シュウマイ、空揚げも」
あさぎは困ったように笑みを浮かべると、黒に言った。
「今晩は遅いからだめだよ。明日、食べよう」
「ええっ」
黒が泣きそうな顔であさぎを見上げる。
「ちょっとだけ、お願い」
「うーん」
「あさぎ姉さぁん」
甘えるように黒は囁くと、上目使いに、じっとあさぎを見つめた。食べ物がかかった、こういう時の黒は、必死で、それがとても可愛い。あさぎは溜息をひとつつくと、笑みを浮かべた。
「本当にちょっとだけだよ」
「うん、約束する」
黒が紙袋を開けていると、なよたけの姫が入って来た。
あかねは椅子から立ち上がると、じっとなよたけに姫を見つめた。
「あかねちゃん、なよたけさんと御飯食べたよ。とっても、恐いけど友達になったよ」
「こいつは、一緒に飯を囲めば打ち解けたと思いよる、単純な、しかし、羨ましい性格だな」
なよたけの姫はテーブルを挟んであかねの前に立つと静かに頭を下げた。
「無理強いをしたこと、悪かったと思う。迷惑かけたな。すまなかった」
「なよたけの姫・・・」
「それを言って置きたかっただけじゃ」
なよたけの姫は踵を返すと、部屋を出ようとした。
「なよたけさん、一緒に風呂に入ろう」
幸は着替えを両手に抱え、顔を出した。
「なんだ、黒。まだ、食うのか。太るぞ」
「ちょっとだけ」
「困った娘だな」
幸は笑うと、なよたけの姫に言った。
「まだ降ろしていない下着だからいいだろう。風呂、沸いてるからさ。アルコール、抜いておかないと二日酔いになるぜ」
「湯は有り難いが、用事があるからな。帰る」
幸は着替えを椅子の上に置くと、なよたけの姫に言った。
「短時間だったから、あまり調べられなかった。なよたけさんの国、攻め落とされたんだろう。なら、ここで暮らそう。一緒に飯食って、一緒に働こう」
「なるほど、確かに親子だな」
なよたけの姫は呆れたように笑みを浮かべると、美味しそうに空揚げを食べる黒を眺めた。たっぷりと空揚げにマヨネーズをかけている。
「こら、黒猫。本当に太るぞ」
なよたけの姫は軽く黒の頭をはたくと、ひとつ大きく溜息をついた。
「絶望、命からがら逃げ出して、何もやる気がなくなって、気づけば、あかねの居る町に来ていた。このまま、野垂れ死にもいいか、長く生き過ぎたなと思っていたところに、間抜けにもこいつが、声をかけて来おった」
なよたけの姫は黒の頭、はたいたところを撫でながら笑った。
「飯食って、酒飲んで、佳奈と喋り倒した。すっかり元気になってな、だから、これから敵討ちに行くことにしたんじゃ」
「敵討ちに・・・」
「あぁ、名前も知らぬ下女の仇を討たねばならん」
男が両手に反物を抱えてやって来た。
「幸。これをなよたけさんに渡していいかな」
「お父さん、それは」
「納戸の奥の柳行李に入れたままにしていた絹の反物だ。昔、本家から逃げ出した時、当座の費用にと、勝手にいただいたまま忘れていたんだよ」
「絹。あ、そうか・・・。お父さん、ありがとう」
幸は気づくと、男から反物を預かった。
「なよたけさん、剣の代りに、これ使って」
幸の手渡す自然さに、思わずなよたけの姫は受け取ったが、改めて男と幸を見つめた。
「わしはこれを使って、お前達の類や、人を殺めるやしれんぞ。いいのか」
幸がにっと笑った。
「しらふのなよたけさんと戦えるのは楽しみだ」
なよたけの姫は幸の自然な表情に思わず笑みを浮かべた。
「綺麗な色だ、ありがとうな」
まるで子供のような、なよたけの姫の笑顔。はっと気づき、慌てて、なよたけの姫は表情を消したが、目ざとく、にぃぃっと幸が引き込むように笑みを浮かべた。
「白、三毛。なよたけさんを笑わせるぞ」
「はいっ」
元気良く、白と三毛が返事した。

最終列車、どうもこの路線は揺れが大きい。
会社帰りの男、コンパ帰りの学生、酔客。吊り革につかまる乗客はなく、座席の三分の二は詰まっている。
なよたけの姫の隣りに白、その隣りには幸が座っていた。
「あの女、啓子とかいう、別れ際にわしの肩を叩きおった、それじゃ、またね。などとほざきおって」
白は必死になって笑いをこらえていた。
「これほどの恥辱は初めてじゃ」
白は気持ちを落ち着かせると、両手でなよたけの姫の手を握った。
「いままでとても恐い方だと思っていました。ごめんなさい」
なよたけの姫は手を引きかけたが、その力を抜くと、ふんと鼻を鳴らした。
「わしは恐ろしい鬼じゃ。ただ、今夜は少しばかり調子が狂っただけじゃ。まずはあの男がいかん。あいつが元凶じゃ」
「今頃、先生、くしゃみをしているかもしれません」
「そもそも、あの男は何者じゃ。わしの攻撃を素手で止めおった」
幸が少し笑った。
「あたしの大切なお父さんであり、夫でもある。それ以外の修飾する言葉はないよ」
「ある程度の実力を持った術者の一覧は既に把握しておる、お前にしても、お前の父親にしても一覧には無かった」
「一覧に載せてもらえないってことは、実力が無いってことだろうな」
幸は笑うと、辺りをゆっくり見渡した。
「電車に乗ったのは正解だったなぁ、余禄が付いてきた」
「花魁道中の儀が使えれば、方違えなどなしに、鬼の世界に戻れるが、もう供の者もおらんからな」
「なぁ、なよたけさん、白とあたしの他に、人はこの電車に乗っているのかな」
嬉しそうに幸が呟いた。
「この電車には人は乗っておらぬようだ。お前達を含めてな」
「何言ってんだよ。あたしも白も人だよ」
前方を眺めながら、幸が囁いた。
乗客全員だろう、次々に三人を取り囲んでくる。他の車両からも、乗客がこの車両に移り込んで来、幸達とは、ほんの一メートルほどの距離を開け、一つの巨大な壁にでもなろうかと、乗客達がにやけた表情を浮かべブロックのように隙間なく固まって行く。

「お前達を巻き込んでしまったな。わしが何とかしよう」
「いや、心臓が無いとはいっても、元は人間たちだ。あたしにさせてくれ。白の勉強材料にちょうど良い」
白は何も答えない。既に恐怖と緊張で叫び出す寸前だった。なよたけの姫の手をぎゅうっと握り締めている。なよたけの姫はなだめるようにもう片方の手を白の両手に載せた。
「良く見ておけ、白。こういう戦い方もある」
幸はゆっくりと立ち上がり、微かに俯いた。
そして、ゆっくり幸が顔を上げた時、まさしく、天女、マリア、観音菩薩、慈愛に満ちた笑顔を幸は浮かべていた。醜く引きつった無数の顔顔、顔の壁に、清らかな笑みを浮かべる。
「子供達よ。心穏やかになさい。もう、苦しまなくて良いのですよ」
幸は中央の顔に焦点を向けた。
「子供達、とても疲れているのですね。心にいくつもの、とげが刺さっているのですね、母はわかります」
ゆっくりと中央の顔の表情が消え、その両方の眼から涙がこぼれて行く、まさしく、母と出会えた幼子のように。
「母が降臨したいま、もう、子供達よ、辛いことはすべて消えました。何もかも忘れ、ゆっくりとお休みなさい。明日の朝日を夢見、ゆっくりとお休みなさい。すべては許されたのです」
幸が緩やかに両手を広げる、まるで、全ての者達を抱こうとするかのように。
ゆっくりと壁が崩れて行き、重なるようにして、眠る人達。どれも安らかな表情で寝息をたてている。
幸は振り返ると、にっと笑った。
「ま、明日がどうなのかなんて知らないんだけどな。はは、な、白、美人は得だろう。白も美人になるぞ」
唖然とする白となよたけの姫。
「さ、詐欺だ」
二人して叫んだ。

最終駅、列車はドアを開けたまま、明かりを消した。まるで、列車までが安らかに眠るように。
三人はホームに降りると、線路に下り、そのまま、線路を元来た方向へと歩き出した。
「このまま、二キロほど、この速さで戻れば、わしの国の入り口じゃ」
「なよたけさん、敵討ちって具体的に何をするつもりなんだ。大量殺戮、一気にかたをつけるかい」
幸がわくわくしたように言う。
「これでも、わしは鬼の側じゃ、そういうことを言うな。わしはお前の弱点もわかっておる。好き勝手にするなよ」
「あたしに弱点。んなもん、あるかよ」
幸はなよたけの姫に振り向くと、にぃいっと笑った。
なよたけの姫は溜息を付くと、白に言った。
「愉快な母親じゃのう」
白は困ったように笑みを浮かべた。
「いつもはとてもいい母さんなんです。でも、先生から離れると、ああいうふうに」
「己のことをあたしと言い出したら、叱ってやってくれとあった」
「え」
「反物に挟んであった手紙じゃ」
なよたけの姫は封筒をひとつ取り出すと、幸に言った。
「あやつは、真、お前を大切に想うておるようじゃのう。呆れるほど、お前の幸せだけを願っておる。お前が普通に楽しく幸せで生きられるよう、己が死んだ後も、お前が家族と共に普通の日常を送って行けるよう腐心しておる。ありがたいものだの」
「お父さん・・・」
すすり泣きだした幸に、なよたけの姫が言った。
「泣くな。泣けば、あやつの思いを涙で流してしまうぞ。すれば、また、この繰り返しじゃ。泣くのを堪えて心に刻み込め」
幸は俯いたまま、うなずくと歯を食いしばった。
「手紙、読むか」
「いい」
幸が俯いたまま答えた。
「帰ってから読む、父さんに心配し過ぎだよって笑って言うから」

闇の中、淡く光を放つ白い靄が見える。まるで壁のように、靄が闇の中に浮かび上がる。
「満月が戦乱の後の故郷を白く照らし出しておる」
なよたけの姫は深い吐息を漏らすと、二人に振り返った。
「わしにはもう、客人をもてなす力はない。つい、流れで同行してもらったが、敵は多いぞ。特に白、お前は戦には不向きじゃ。怪我では済まぬかも知れんぞ。正直なことを言うと、お前が死ねば、幸は全てを、世界すら葬るかもしれん、出来れば避けたい。わしは、これでも、元は鬼の為政者だからな」
幸は真っすぐに、なよたけの姫を見つめた。
「なに言ってのかなぁ。なよ姉ちゃんは、もっと妹を信頼するべきだな。困った姉ちゃんだ」
にっと幸がなよたけの姫に笑いかけた。
なよたけの姫は不意に大声で笑うと苦しそうに息を吐いた。
「笑わせおる。なんと随分な妹ができたものじゃ」
ふと、なよたけの姫は真面目な顔になると呟いた。
「長く生きていると色々と思いもかけないことがあるものじゃなぁ」
なよたけの姫は気持ちを入れ替えるように、頭を振ると、二人に言った。
「よし。幸、白、ついて来い」


「うひゃぁ、軍隊だ」
幸が小さく呟いた。霧から脱出した、三人の目の前に一個中隊はあるだろう、重火器を構えた兵士達がその砲口を三人へと定めていた。
「白。戦車もこっち向いてるぜ」
「幸母さん、喜び過ぎです」
白が緊張を隠せず震える声で答えた。
なよたけの姫を先頭に幸と白がいる。
「あれ、なよ姉さん。こいつら、自衛隊じゃないか。ってことは人間か」
なよたけの姫は、振り返らず、前方を睨みつけたまま呟いた。
「人の支配者層は、己らの保身のため、既に見切りをつけた、国民を護ることにな」
「ふうん、鬼による事件が増えたのはその所為か」
幸がたいして関心なさそうに頷いた。
そして幸は夜空を見上げると、ひとつ、指を鳴らす。呼応するように、小さな星が四つ生まれ、流れ星のように帯を引き、落ちて行く。
幸は視線を戻すと、小さく呟いた。
「まさしく鬼司令官だな」
なよたけの姫に向き合うように、軍服を身につけた鬼が現れた。人の身長も横幅に対しても一.五倍はあるだろう。
「やはり戻って来たか。かぐやのなよたけの姫。どうだ、根こそぎ民を殺されたその感想は」
見渡すと、国というよりも、時代劇に出てくるような田舎の風景だ。
「開国を拒絶した報いだな」
鬼があざけるように嗤った。
なよたけの姫は、表情の消えた顔を上げ、目の前の鬼を眺めた。
「貧しいが、楽しく生きて来た。電気と化石燃料と貨幣経済を拒絶する生活は却って寄り添い、お互いを大切に生きることができた」
「貴様らがレアメタルの上で暢気に暮らしていたのが命取りとなった、そういうことだ」
なよたけの姫は、それ以上言葉を発することなく、ゆっくりと両手を肩の高さに広げた。
幸は察すると、白を片手に抱え、一瞬にして後方に退いた。
「下賎の鬼、わしを逃した、あの娘も殺したか」
鬼はにやっと笑うと、振り返る。直属の部下だろう、槍を鬼に手渡した。
鬼がかかげる槍の先に、血に赤く染まった少女の頭が、首から切り離され、突き刺さっていた。
「情に深い貴様のことだ、残しておいてやったよ。受け取れ」
鬼が槍を勢いよく振る。少女の首が飛んだ。
瞬間、幸は現れると、少女の首を抱え、手をその首に溶け込ませた。手を抜き、引っ張り出した黒い塊を戦車に向かって投げる。
爆風と轟音が辺りを震撼し、巨大な戦車を横転させた。
「なよ姉さん、あとはまかした」
幸が姿を消した。

「うおぉぉっ」
かぐやのなよたけの姫が咆哮が夜のしんとした空気を震わせる。幸は白を抱え、空に浮かんだ。
「本気のなよ姉さん、凄いな」
幸が呟いた。
無数の刃儀が鬼を兵士を切り裂いていく。
なよたけの姫は地面を飛ぶように移動すると、槍を持ったままの鬼を両断した。すべての砲撃を見事に躱し、武器も兵士も鬼も、迷うことなく細切れに切り裂く、次々と肉の破片が辺りを血の色と共に埋めて行く。
「まるで、ミンチ肉のように」
言いかけて、白が口をつぐんだ。自分の言葉が不謹慎に思えたからだ。
「パン粉と混ぜて、ハンバーグにしても、なんか、まずそうだな」
幸は平気な顔をして笑う。
「なよたけさん、こんなに強いのに」
「ん・・・」
「白、目を見開いて、向こうの血に染まってない地面を見てみろ。黒い線がいくつもあるだろう」
「あります。焦げたみたいな」
「さっき落としておいた、監視衛星と軍事衛星。レーザー光を発射して宇宙から人を焼いてしまう。エネルギーの巨大無駄遣いってやつだ。これは人の技術だ、妙なことになったな」

返り血で血まみれになり、なよたけの姫は、一人、茫然と立ち尽くしていた。
幸と白はなよたけの姫の前に降り立つと、幸は抱いていた少女の首をなよたけの姫に手渡した。
「幸。この娘の名前はなんというのだろうな。わしは身を呈してわしを逃してくれたこの娘の名も知らぬ阿呆じゃ」
なよたけの姫は両腕に少女の首を抱くと、くずれるようにひざまづいた。
「痛かったろうに、怖かったろうに。助けてやれずにすまない」
幸は睨むようになよたけの姫を見つめていたが、小さく息を吐くと、思い詰めたように白を見つめた。
「白。母さんが神になって何処かに行ってしまわないように。しっかりとしがみついていてくれ」
そう言うと、幸はなよたけの姫に優しく声をかけた。
「なよ姉さん。その娘を幸に渡してください」
顔を上げたなよたけの姫の両腕から、少女の首が浮かび上がり、幸は柔らかに少女の首を抱いた。
「幸・・・」
「この娘の魂魄はこの首にいまだ残り、なよ姉さんに逃げてくれと叫んでいます。この娘にもう一度、生命を与えましょう」
幸の両腕が白く輝き出した。
白は幸の体が不意に軽くなったような気がした。慌てて、白は強く幸を抱き締め、幸の背中に顔を埋めた。
「母さん、何処にも行かないで」
白が大声で叫ぶ、なよたけの姫が気づいた。
「幸。お前、神か」
はっと、なよたけの姫は状況を理解すると、幸の両脚をしっかりと抱えた。
少女の体が幸の両腕の中で再生され、実体化して行く。
「母さん、母さん、何処にも行かないで。お願い、一緒にいて」
白が涙声で叫ぶ。
光が消え、幸はそのまま、力をなくし、地面に倒れ込む。なよたけの姫が慌てて、その体を支えた。
「なよ姉さん。この娘が目を覚ましたら、名前を尋ねてやってくれ」
幸が疲れた表情で笑う。
娘が幸の両腕の中ですやすやと眠っていた。
幸はしがみついたまま固まってしまった白に言った。
「白。ありがと・・・」

「おぉい、母さぁん」
黒の声が遠くに聞こえた。
やがて、黒と三毛が走ってやって来た。
「黒姉ちゃん」
白が泣きながら叫んだ。
「大丈夫か、白」
「うん」
黒の後ろで、三毛は茫然と血まみれの地面を見つめた。
「母さん、これは」
「明日はハンバーグだ。美味いぞ」
三毛が大きくひとつ溜息をついて言う。
「だめです。一生、ハンバーグは食べられないかもしれません」
三毛が両手で口を覆った。

「ここがよくわかったな」
幸は笑うと、三毛の背中をさすりながら、辺りを見渡している黒に言った。
「走ってすぐだったよ。先生がぎゅっと白のこと、思って走ったらすぐだよって、教えてくれたんだ」
「そうか。鴨居に結んだ白の髪の毛で道が繋がったのか。帰りはその道を辿ろう」
幸は緩やかに笑みを浮かべると、なよたけの姫に言った。
「なよ姉さん、風呂で洗いっこしよう。姉さんの顔、血糊や涙や鼻水で大変だ」
慌てて、なよたけの姫は袖でごしごしと顔を拭いた。
「あぁ、そうしよう。遠慮はしないようにする」
幸はほっと安心して小さく笑うと、黒に言った。
「黒。なよたけ姉さんを背負ってくれ。三毛はその娘を頼むよ。体が馴染むまでまだ時間がかかるだろう」
「幸。この娘はわしが背負おう。そうしたいのだ」
幸はなよたけの姫の言葉に頷くと、ゆっくりと立ち上がった。
「黒、三毛。なよ姉さんが倒れそうになったら支えてくれ。白は先頭、道案内だ」


闇の中、男は一人、月明かりを頼りに台所で水を飲んでいた、家の中は、すっかり寝静まっている。
なよたけの姫まで、普通の女の子のように、大声で騒ぎながら、風呂を遊び場のように、幸達とはしゃぐ、その声が居間からでも聞こえていた、なよたけの姫の女の子っぽい笑い声にあかねが目を丸くして驚いていたのを男は思い起こす。
「千年の重荷を降ろしたということか」
ふと影が動いた。なよたけの姫だ。
なよたけの姫は、テーブルを挟み、男の前に座った。顔が影になり、細かな表情が伺えない。
「あ、あのな・・・」
なよたけの姫が言葉を選ぶように言う。
「どうぞ」
男が促した。
「幸が言うのだ。わしは幸の姉だ、だから、お前を・・・、お前を父さんと呼んで欲しいとな」
思いもしなかったなよたけの姫の言葉に、男は小声で愉快そうに笑った。
「驚きました」
「だ、だめか・・・」
「いいえ、光栄の至りです。こちらこそ、どうぞ、よろしく」
安心したように、なよたけの姫は息を漏らした。
「それなら、彼女はなよたけさんの娘ということでいいですか。なよたけさんの一番の気掛かりは彼女のこれからでしょう」
「もうひとつある」
「亡くなった人達のことですね」
男が呟くように言った。
「わしも、人の心が声に出して言っているようにわかる。だから聞こえるのだ。魂魄はあの地にそのまま残り、いまも悲鳴をあげ続けている。わしはその魂を鎮めてやらねばならん」
男は優しくなよたけの姫を見つめると、心配げに言った。
「なよ。父さんはお前の心と体が心配だよ。とても、疲れているのがわかるからね」
「でも、お父さん。なよは忘れることができないんだもの」
我慢し切れず、なよたけの姫が小さく笑った。
「我ながらつまらぬ小芝居を。、緊張感がだいなしじゃ」
なよたけの姫は大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。
「ここはいいな。この家に繋がった異界は、和やかで、わしの気持ちも、落ち着く。なぁ、わしは深刻ぶって身を削ろうというのではない。国の責任者としてけじめをつける、ただ、当然のことをするだけじゃ」
足音がした。
幸は少し寝ぼけたふうに、なよたけの姫の隣に座った。
「幸も行くよ。じゃないとなよ姉さん、国に入れないもの」
「そう言えば、国を出る時、なにやら、結界を巡らしておったな」
「レアメタルは新たな戦争を引き起こす元になるから、簡単には入れないようにしたんだ」
そう言いながらも、眠いのだろう、幸がなよたけの姫の肩に体を預ける。
「疲れさせてしまったな。さあ、幸、寝に行こう。起こして悪かったな」
なよたけの姫は幸を支え、ゆっくりと立ち上がった。
「父さんも寝ろ。宵っぱりは体に毒じゃ」
「お休み。もうすぐ寝るよ」
男はなよたけの姫が幸に肩を貸し、寝間に行くのを見送る。
そう言えばと男は黒がはしゃいでいたのを思い出した。
かあさんとなよ姉さんの間に寝るのは、世界で一番安全なところで寝るのと同じだよだとか。
男はふと自分がいなくなった後も、なよたけの姫が居てくれれば安心だと思った。


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