遥の花 藍の天蓋 ラズベリーパイ

智里は緊張していた.忍び込んで要人を暗殺したことはいくらもある。でも、お昼前のこの時間に呼び鈴を鳴らして訪問するなど初めてのことだった。
大丈夫、押して、音が鳴って、香坂さんが出てくれば、営業スマイル、こんにちはと言えば良いだけだ。
いや、これはインターホンだから、まずはどちらさまという声が出る。明るい声で喫茶店の名前を言えばいい。
智里は大きく深呼吸をすると、ボタンを押す。
「どちらさま」
後ろから声がした。素早く右に寄りながら反転する。攻撃を避け、状況を確認するためだ。
女の子、智里はほっと息を漏らした。
「こんにちは、智里さん。十分間、うちの前で硬直してましたね」
にかっと笑う女の子は香坂の娘、円(まどか)だった。
驚いた、確かに呼び鈴のボタンに気を取られていたのは確かだけれど、背中に人の気配を感じ取れなかったなんて、それでも、智里は緊張を抑え、笑顔を浮かべた.
「こんにちは。今日はお伺いして、お母様にお話をうかがおうと」
「知ってますよぉ、昨晩、母さん、大変でしたよ.どこまで喋ったらいいんだろう、これはいいか、あれはまずいかって。で、母さんに言ってやったんです。喫茶店のマスターに頼まれたんだから、何もかも喋ったらいいんじゃない、がつんと言っちゃえ、って」
円は戸惑うことなく、智里の手を取ると、門扉を開いて中に入った.
普通の住宅街の一軒.ただ、家の大きさは隣、正面の家と比べて二回りは小さいだろう、代わりに庭が大きく取られ、中央に大きな樹、あとで教えられた名前だがカイノキというらしい、それを囲むようにたくさんの花が植えられている。そして、敷地を囲むように刺のある背の低い潅木が植えられていた.これもあとから教えられた名前だが柊という.
木の根元に白いテーブルと椅子が三つ、置かれていた.
「智里さん、いらっしゃい」
香坂がサンダルをつっかけ、家から出てきた。
「あ、あの。いつも、ご贔屓にありがとうございます。えっと、あの、あさぎからこれを」
戸惑いながら智里は紙袋を香坂に手渡した。
香坂が袋の中をのぞき込んだ。
「ラズベリーパイね、あさぎさん、覚えてくれていたんだ」
香坂は笑うと顔を上げた。
「以前、お店でいただいたとき、美味しくてね、ホールで食べたいなぁって言ったのよ」
香坂が子供のように微笑んだ。智里はそれを覚えていたのが男であると言いたかったのだが、それを言い出せず曖昧に笑みを浮かべた。
「さぁ、どうぞ」
香坂が智里を木の下の椅子に座らせる。
円がパイを受け取り言った。
「紅茶の用意をしてくるよ。母さんは智里さんとお話していて」
円が台所へと走っていった。香坂も智里の前に座ると、智里を興味深そうに見つめた。
智里は気まずそうに俯いていたが、意を決したように顔を上げた。
「私は暗殺や拉致、たくさんの人を殺しました」
香坂は頷くと、囁いた。
「それで、いま、苦しくて仕方がないということね」
香坂が目を細め、智里を見つめる。
「なるほど、こんな自分がこれほどに幸せでいいのか、と悩んでいるわけね」
香坂の言葉に智里が深く頷いた。香坂は背もたれに背中を預けるとふっと息を吐く。
「人を殺すのは悪いこと、どうしようもなく、それは悪いことなのよ。智里さん、わかるかな」
智里が頷いた。
「殺した人を生き返らせない以上、悪を為したことは消えないし、何かで補うってことも出来ない。でもね、そんなことは百も承知なわけ」
香坂がばしっとテーブルを叩いた。驚いて、智里は顔を上げた。
円の声がした。
「用意できたよ」
片方に半円のラズベリーパイとナイフ、もう片方で、器用に紅茶セットを持つ。香坂がパイを受け取り、テーブルに起き、円が紅茶セットを置いた。香坂が半円のパイを三等分する。
「横から見ても厚みがあるわねぇ、美味しそう」
香坂がうっとりとパイを見つめた。
「あさぎさんって、料理の天才だものね」
そう言って、香坂が自分の言葉に頷いた。
円が紅茶の準備をする。茶葉をまずは蒸らす。
「母さん、声聞こえてたよ。御近所迷惑だ」
円は笑うと、智里を見つめた。
「喫茶店のマスター、無とね、初めてあったとき、怖かったんだよ。なんていうかな、もう絶対に関わっちゃだめだ、すぐに逃げるんだって思ったよ。今はね、あんな、気のいいおじさんしているけどさ。幸さんがやってくる何年も前の話、怖かったよね、母さん」
香坂が深く頷いた。
「あれはねぇ。鬼よりも怖いよ、でも、それ以外、選択肢がなかったんだ」
香坂が顔を上げた。
「先に言うべきだったけど、私も暗殺者だった、政治家や官僚、大企業の重役、国の内外関わらず殺した、特に紛争地では息をするように人を殺した」
智里は信じることができなかった、とても品の良い婦人、そして可愛い娘、どこにそんな陰があるというのだ。
「本当に」
智里の言葉に香坂は頷いた。
「智里さんとは別の組織。でも、やっていることは同じだったと思う」
円はパイを三つに切り分けると、二人の前に置き、紅茶をカップに注ぐ。紅茶の香りが一気に膨らんだ。
「智里さん、まずは紅茶をどうぞ」
円の言葉に智里はカップを口まで持ってきたが、かなり動揺していたのだろう、口を付けただけでカップをテーブルに置いた。香坂が一口パイを食べる。
「あぁ、これ。この味だわ」
うっとりとしたように香坂が目を細めた。
円は智里に笑みを浮かべると、少し顔を寄せた。
「私はまだ小学生でした。私はすっごいお嬢様で屋敷には何人もの召使いがいたんです。お父様は忙しい方であまり屋敷にはいらっしゃらなかった。母ともあまり会ったことがありません、母は趣味と慈善事業に熱心で、私のことは女中と家庭教師に任せっきりだったんです」
智里は混乱していた、円さんは何を話してるのだ、母親は香坂さんで、それなのに、慈善事業がって、どういうことだ。
「夜中、珍しく私は目をさまして、お手洗いに行くため、廊下を歩いていたとき、父の書斎で呻くような声と物音を聞きました。そっと、ドアを開けると、父はナイフで首を刺され、崩れ落ちたのです」
円がすぃっと香坂を見つめた。
「私が犯人」
仕方なさそうに香坂が答えた。
「まさか仕事を見られてしまうなんて思いもしなかったし、そう、あれは、円の言葉に動揺したのよ」
香坂は一口紅茶を飲むと智里を見つめた。
「貴方は私の父を殺しました。これで、私の人生も狂ってしまいました、貴方はその責任をとることがでいるのですか。って小学生が私を見据えていうのよ」

「すっかり虚をつかれたわ。自分でも信じられないくらい動揺したの」
円が笑った.
「子供特有の素直な質問をしただけなのに、母さん、硬直したんだよ」
「私には円は人間じゃない、異質のものだって恐怖でいっぱいになったのよ」
香坂は告げ口する女の子のように拗ねた口ぶりで智里に言った。
「あ、あの、えっと。お話は戻りますが、円さんは香坂さんの子供では」
混乱しつつも、智里は言った。
円はわざと難しい顔をし、智里に言った。
「私、円は実の父を殺され、犯人に誘拐された哀しき乙女でございます」
「ついて行くって言ったのは円よ」
香坂が即座に否定した。
円は椅子の背もたれに背中を預け、紅茶を一口すする。
「不思議な程ね、悲しくなかった、父親が目の前で殺されたのに。流行の家族崩壊だったのかなぁ。ううん、それは本当じゃないな、多分、私は命の大切さ、それは自分の命も含めてだけど、命の大切さを知らなかったんだと思う、あの時までは」
「あの時」
智里が聞き返した。
円がすっと香坂に視線を送る。香坂も重々しく頷いた。
「私は円を背負って屋敷を飛び出したのよ、すっかり、円に飲み込まれていた。子連れで組織に戻ることもできないし、ということは、組織を抜けたとなる、追っ手がやって来るのは確実。どうすればいいのか」
香坂はふっと言葉を飲み込み、少し冷めた紅茶を飲み干した。
「私の師匠は無の知り合いだ、おおよそ、どこいらかに無が住んでいることは知っているって程度だったけど。そうだ、私は無の傘下に入れば、安泰だと思った、幸ちゃんが来てからの、人の良いおやじじゃなかった頃の無に睨まれて無事な組織なんてなかった」
智里も以前から、無の噂は聞いていた。和やかな男を思うと噂が噂を呼び、恐ろしい虚像を作り出していたのかなと思っていた、それだけに、以前の無の話は半信半疑ながらも興味深い話だった。
「円を連れてこの町の駅に辿りついた。ここだと思った、だって、私には一メートル先が無の結界で霧に包まれていたんだから」
香坂は腕を組み、少し体を起こす。そして、思い出すように目をつぶった。
「私は結界の中では異分子だ。いずれ、無があらためるためにやって来るだろう。その時、なにもかも話して、結界の住人にしてもらおう。額を地面に擦りつけてでも」

香坂の言葉に円はほおばったラズベリーパイを飲み込み笑った。

「改札口を出て、私と母さんは改札口すぐそこのバス停のベンチに座った。もうくたくた」
円が空を見上げる、青い空だ。
「大変だぁって顔を上げると、今日と同じ雲一つない青空。母さんには見えなかったろうけど。それがさ、一瞬で真っ暗になったんだ。私は体も心もくたくただったけれど、不思議と楽しかった。狂っているのかなぁ、自分の父親を私の目の前で殺した女と行動を共にしているのに。あの時は、あぁ、と大きく伸びをした瞬間だった」
円は俯くと、初めて不安げな表情を浮かべた。
「真っ暗になったんだ。何も見えない全くの闇。座りこんでいたバスのベンチの感触も消えて、瞬間、体が無くなった。意識だけが残ったんだ。気が狂うと思った、五感全てが無くなってしまう。こんなに心細くて、私、叫ぼうとした、でも、叫ぶ声すらないんだ。私には何時間も何日もに思えた。心の中でごめんなさい、ごめんなさいって呻いていた。永遠の闇だと思った、実際は一分くらいだったけど」

ふっと香坂が言葉を発した。
「二人して無の作り出す闇が消えて、光が戻ったとき、私には白い靄が消えて、すっきりとした青空が見えた」
香坂は智里に笑いかけると、ちょっと、恥ずかしそうに笑った。
「ごめんね、関係のない話を繰り返して」
「あ、あの。色々、驚きで」
智里はうまく言葉に出来ず言いよどんだ。
「智里さん、私も円もね、無には、いや、喫茶店のマスターって呼んだ方がいいのかな。感謝しているのよ、それは本当、間違いない」
香坂がいたずらげに笑った。
「ただ、幸ちゃんが来る前の術師としての無と邂逅したということを誰かに喋ってみたかっただけ。いまは本当に優しい良い父親しているもの、想像できないよ、あの頃から思えば」
円も笑うと、少しティーカップを口に運ぶ.
「私は死んだことになっていて、捜索されることもない.そして、母さんは学校の給食のおばさんとコンビニの掛け持ち、私は高校生.休みの日には母さんと木の下でお茶を飲んだり、本を読んだり、お喋りしたり.遥に貧乏だけど、今の方が、生きているなと思う」
円は紅茶を飲み干すと、香坂に顔を向けた.香坂も頷く.
そして、香坂が智里を見つめた.
「優しい人間より、悪人である方がすっきりしていいもんだ」
香坂が静かに呟いた.
「為した悪は消えない.殺した連中が夢に出てくる.それをなかったことにするのは意味がないんだよ」
智里は香坂の表情の変化に驚いた.確かにこの眼は数え切れないほどの死を目の前で見ている.
「連中と一人でやりあうのはどだい無理な話だ.ならば、助けてくれる味方を増やせばよいそれだけのこと」
ふっと、香坂はやわらかな笑みを浮かべた.
「前を歩いている人がハンカチを落としたとする、すっと駆け寄ってさ、ハンカチを拾って、落ちましたよと声をかける、すると、ありがとうって言ってくれる、人からのありがとうを集めてさ、連中が押し寄せてくるのは防ぐ、いくつも、いくつものありがとうを集めて、それを積み重ねて、確かに私は散々ひどいことをしたけど、いまは良いこと、善いこと、いっぱいしているんだ、たくさんの人たちが感謝してくれているんだ。たくさんの善いことを前に押し出して、連中を乗りきるのさ」
円はいつのまにかスマホを操作していた.そして、顔を上げると香坂に言った.
「ニュースだ.テロに失敗した連中が、人質取って立てこもっている」
香坂が紅茶をぐっと飲み干した、そして、立ち上がる.
「ハンカチ拾うのも、テロリストを殴って失神させるのも同じこと。命がかかっている分、ポイントが高い気はするけどさ」
「パスポートとか用意してくるよ」
円があたふた家の中へ走る.
「あ、あの。えっと」
智里があたふたと香坂を見つめた.
「実地研修させてあげる。要点は気絶はさせるけれど殺さないこと.テレビカメラに映らないこと、これくらいかな」
智里は思った.ああ、確かに二人はこちら側の人だ.智里もお腹にぐっと力を入れ、立ち上がった.

 

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遥の花 藍の天蓋 二話

優喜は驚いてその様子を見つめていた。
かぐやのなよ竹の姫、元は一国の女王であり、優れた政治家でもある。見た目は二十代半ばくらいにしか見えないが、一千年以上の齢であるという。
その女王が普段着に、手ぬぐいでマスクをしている。そして、大きな木づちを軽々と片手で操り、半分朽ちた土壁を潰しているのだ。組み込まれた竹を燃料にするという。
先程までは、朽ちた柱を短く揃えて切り、二つあるおくどさんの一つが無傷だと、頭を突っ込んで埃や炭を取り除いていた。
ふっと、なよが優喜を睨んだ。
「こら、わっぱ。図体の大きいのが、ぼぉっと突っ立っているのではないわ、目障りじゃ。小さくしゃがんで泥遊びでもしておけ」
「申し訳ありません。手伝います」
慌てて、優喜が叫んだ。
「ならば、ほれ」
なよは大きな木づちの杵側を軽々と掴むと、柄の橋を優喜に向けた。緊張した面持ちで優喜が柄を掴む、なよが手を離した瞬間、木づち本来の重さに、優喜は前のめりになりながらも、両手で掴み直した。
ふふんとなよは笑みを浮かべた。
「お前はわしの父さんの生徒であろう、父さんに恥をかかせるでないぞ」
なよは優喜に近づくと、腰から下はとんとんと足で蹴り、腰から上は手で軽く叩いた。
「木づちを落ち上げてみろ」
なよの言葉に木づちを、まるで紙一枚の重さしかない、驚いて、優喜は振り上げた木づちの先を見つめた。
「術と呼ぶほどのものではない。ちょっとしたこつじゃ。じんわりと、姿勢を確かめろ」
優喜は不思議なほどすっきりとした気分で、そうだ、息が体全身を行き渡る気がする。
「精鋭は二十人いると聞く、お前は中でどれほど強い」
なよがにかっと笑った。
「俺は・・・、三番目」
優喜が考え言う。
「ならば、お前、二番目と本気で十回戦えば、何度、勝つことができる」
優喜は頭の中で相手の顔を思い浮かべる、そして、その拳の速さを測る、
「三回です」
「ばかもん」
なよがすこんと優喜の頭をはたいた。
「な、なんですか」
優喜が思わず木づちを落とした。
「そういう時は、十回戦うことはできません、一度目で、どちらかが相手を殺しますから、と答えるんじゃ」
なよが愉快に笑った。
「ま、しばらくは父さんの世話を手伝ってもらわねばならん。指折り数える腑抜けの方が安心かもしれんのう。ところで、お前の名は」
優喜は不思議に思う、さんざん、子供扱いされ、頭を叩かれる、それでも、いやな気がしなくて、これが、多くの民衆をひきつけたかぐやのなよ竹の姫の魅力なのかもしれない。
「俺、優喜と云います」
「なんと書く」
「優喜、優しく喜ぶと書きます」
「なんとまぁ、愛情の深い名じゃ。その名に恥ずかしくないようにせいよ」
かかっとなよが笑った。
あかねが走り込んでくる、がばっとなよに抱きついた。なよがわかっていたかのように、あかねの頭をなでる。
「少しは気持ちは晴れたか」
あかねはうなずくと、小さく呟いた。
「お父さんはとっても優しい」
俯くあかねの言葉に、なよはそっとうなずいた。

「ただいま」
三毛が両手背中に荷物を背負っている、綾も背中に布団を背負っていた。
男は仰向けに寝ていたが、白に助けられ体を起こした。三毛があたふたと荷物を降ろし、男の前に座った。
「大丈夫、お父さん」
「父さんは元気だよ。心配かけてしまったな」
男の言葉に呆れたように白が言った。
「お医者様は一週間、絶対安静とおっしゃいましたわ。お父さん、自覚してください」
「あはは、白に叱られた」
嬉しそうに、男が笑った。
綾が背中の布団を降ろし、男の横に敷いた。
「お父さんの血は変わっていて、輸血ができないと、お医者様はおっしゃっていましたけど」
白が心配そうに男に言った。
「母さんはお父さんに血を半分分けていただいたと言ってました。お母さんの血なら輸血できるのでは」
男は少し笑みを浮かべるような、そんな柔らかな表情をした。
「父さん、こんなだけどさ。自意識過剰なのかな、娘たちにはね、かっこいいって思われたいのさ」
白が溜息をつく。
「それなら、一週間、絶対安静ですからね」
男は照れたように笑みを浮かべると、うなずいた。

夕刻までに、八畳ほどの板の間と、それに連なる小さな土間が、なんとか、生活できる空間となった。
なよはふっと男を見やると、かすかにうなずく。
「そろそろかのう」
「気を使わせてしまうね」
男はなよの言葉に答えた。
「さぁ、帰るぞ」
なよが皆に声をかけた。
「ええっ、泊まる、泊まるよ」
黒が驚いて声を上げた。
「そうだよ。三毛もここで暮らします」
男は家の方角を眺めた。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、家がね」
男が呟いた。
「家が危機じゃ。幸の力が弱って、小夜乃とあさぎが結界を支えておる。早く戻らんと、白澤の精鋭に入り込まれてしまうからな」
にぃぃっとなよが優喜に笑いかけた。おどおど、優喜が俯く。完全に優喜はなよに飲み込まれていた。
「ま、ということだよ。家をお願いします」
男が三毛に笑いかけた。
白が顔を上げた。
「交替ならいいですか。ずっと家に帰ってでは、お父さんのことが気になってなりませんもの」
男がうなずいた。
「一人だけ残ってくれるかな」
男の言葉になよがあかねを見る。
「ならば、あかね、お前が残れ」
あかねが頷くのを確認すると、なよが黒達三人に合図をする。
「それでは、父さん。わしは来ぬが、元気にしておれよ」
「ありがとう、幸を頼むよ」
「ほんに甘い父親じゃのう」
男は笑うと楽しそうに微笑んだ。
「しゃん」
黒が叫んだ、それをきっかけに白と三毛も声を上げる。花魁道中の儀、どのような結界も距離も関係なく移動する。四人の姿がふっと消えた。

部屋の中程に囲炉裏がある、三毛が持ち運びのできる簡単な囲炉裏を柱や瓦を砕いたもので作り出したのだ。いま、真ん中で薪火が燃えている。
男は囲炉裏の向かいに座るあかねに言った。
「ちょっとした別荘気分だ」
「お父さんは気楽すぎます」
「なんだか、白にもあかねにも叱られて。子供が成長するのは楽しい」
男がいたずらげに笑った。
「優喜君、綾さんも囲炉裏においで。少し、肌寒くなってきた」
四人が囲炉裏を囲む。
あかねが五徳を用意し、鍋をかける、味噌汁だ。
「優喜君は随分、なよに押さえ込まれてしまったみたいだな。精鋭でも一番の乱暴者だったのにね」
慌てて、優喜は首を振った。
「もう散々です。自信の塊が歩いているみたいですよ」
「あれで、繊細なところもあるんだけどね」
そう言いながら、男も頷く。
そういえばと、男が綾を見た。
「白澤さんのところに戻らなくてもいいのかい」
「優喜と私は先生付きとなりました。寝袋一式も用意しています」
綾が少し、嬉しそうに言う。
「ただ」
不安げに綾が言葉をつないだ。
「この屋敷は有名な西の幽霊屋敷と呼ばれているので、なんだか」
「ふうん」
男はふっと、部屋の片隅丑寅を見つめる。
「そ、そういうのはやめてください、先生」
怯えて、綾が声を発した。
「なんだ、綾さんは幽霊とかだめなのかい」
「いえ、本当にここは、探検に来た子供が一人、意識を失って目が覚めないという」
「精鋭ともあろう綾さんがそれでは困るなぁ」
男は燃えている薪を一本取ると、振って、火を消す。煙が立ちのぼった。あかねは男から薪を受け取ると、立ち上がっる。
「綾さん、あかねと一緒に行きなさい」
男の言葉に従い、綾もあかねと部屋の丑寅に立つ。あかねがゆるりと薪を動かす。次第に煙が形を作り出した。大きな球体にいくつもの模様が浮かぶ、模様、いや、大きく口を開けた顔だ、いくつもの顔に埋め尽くされている。
「呪詛を喚いています。かなり古いものです」
あかねが男に言った。
「ここは西ノ宮の屋敷と呼ばれていてね、百年以上前、白澤さんに蟄居させられ、全員打ち首になっている。その人たちの恨みだけが残ったんだろうね。浄化してくれるかな」
あかねは頷くと、燠火で球体を撫でて行く。いくつもの顔が、ほっとしたように口を閉ざし消えて行く。
いくつもの顔が消えた後、球体の中に、半透明の少年が膝を抱え、眠っていた。
「綾さん、その子は生き霊だ、硝子球に入れなさい」
男の言葉に、綾は硝子球を取り出すと、少年の体に硝子球を添える。すると、少年の体が薄れて行き、硝子球が白く濁った。
優喜が思い出した。
「あれは油問屋 田仲屋の子供です、植物人間になってしまったと聞いています」
男は少し頷くと、優喜と綾に言った。
「二人でその子を返して来てくれるかな。その子のお臍の上に、硝子球を置けばいいよ、生き霊が本体に戻る、そうすれば意識も戻るからさ」
驚きながらも二人は頷くと、田仲屋に向かって走った。
男はひとつ、息をすると、あかねに笑いかけた。
「ここは専制君主制だ。本家当主は王様みたいなもの、なんだか、息苦しいな」
「みんな、白澤さんが怖いのですね」
「それもあるし、人は、その日、普通に食べることができれば、あまり不満は持たない。あまりね」
男は吐息を漏らすと、呟いた。
「父さんとあかねだけだよ。幸乃、出て来なさい」
いきなり、幸乃は男の体から飛び出すと、男の目の前に正座し、額を床に擦り付けた。
「申し訳ありません、おまえ様。すべては幸乃のせいです。幸乃がしっかりと幸の変化を見定めておけば」
言葉の最後が、涙と嗚咽で途切れる。
「顔を上げてくれ、幸乃」
男がはじめて狼狽えた。

ザウルスで書いた分をあとで入れること

 

「お父さんは大変です」
あかねが少し笑みを浮かべる。男はほんの少し頷き、囲炉裏の赤い炭を見つめた。
「でもね。みんなが居てくれるというのは、とっても嬉しくてね、というのはさ、幸の父親になって、あかねも幸の妹になってくれて、黒達は幸の娘だ。一人だった父さんがね、いまは大家族の一人だ。足や腕を無くしてもね、それ以上に幸せなんだよ」

男は少し恥ずかしそうに笑った。瞬きもせず、あかねが男の目を見つめた。
なんか、照れるねと聞こえない声で男は呟く。
あかねがにっと笑みを浮かべた。
ふっと男が斜めを見る。
「たくさんのお人が御到来か」
男が呟いた。
「優喜と綾は甘過ぎます、追い払えばよいのに。あかねが追い返してきます」
あかねが立ち上がるのを見て、男が笑った。
「二ついいかな」
「なにでしょうか」
「祝いの品々に魚の一夜干しがある、炭火の遠火で焼いたら美味しそうだ。みんなでいただこう」
「お父さんは困った人です」
あきれたようにあかねが答える。
「それで、お父さん、もう一つは」
「ま、子供が意識を取り戻したことを単純に喜んでいる人達だ。怪我をさせないようにね」
あかねが男の言葉に頷いた。
「善処いたします」

あかねがこの廃屋の門に、仁王立ちで、行列を迎える、先頭は二つの籠、その後を祝いの品々を載せた大八車が続く。その数、およそ、数十を連ねていた。
「床が抜けるではありませんか」
あかねが小さく呟いた。
あかねの姿を見つけたのだろう、籠から優喜と綾が飛び出してきた。慌てて、二人が駆け寄るのを見あげ、あかねが呟いた。
「籠でご帰還とはなかなか、と言葉を続けたくはありますが、まぁ、いいです。我慢します」
申しわけありませんと二人が頭を下げる、あかねは二人を手で制すると、先頭を歩く男に声をかけた。
「何か御用でしょうか」
先頭の男がにこやかに答えた。
「私どもは田仲屋の者にございます。今夜、精鋭のお二人様よりお話をお聞きいたしまして、こちらの先生が田仲屋嫡子をお救いいただきましたこと、まずは御礼の品々を御用意致しました」
あかねは見上げると、ふうんと頷いた。
「くれるのですか」
「はい、もちろんでございます」
男の張り付いた笑顔を無視し、あかねは列の横を歩き出す。中程の大八車に寄ると、すぃっと干物を指差し、大八車を引いていた男に笑みを浮かべた。
「干物、いただいてもよろしいですか」
あかね、極上の笑みである、あかねは指図する人間より、実際に汗をかいて働く人を敬う、差し出された干物を抱え、柔らかにお辞儀する、差し出した男の方が恐縮して、頭を深く垂れる。次にあかねはいくつもの樽酒を見つけた。
「お酒、いいですか」
あかねの笑みに、男はどきまぎしながら、頷いた。
あかねは小さな樽をよいしょっと受け取ると、にこっと笑顔を浮かべた。
あかねは愛想を一通り振りまくと、先頭に戻ってきた。
そして、優喜と綾の隣にいた店の男に声を掛けた。
「これで充分です。美味しくいただきます。ありがとうございました」
言葉は丁寧だが、気のない言葉だ。
「あ、いえ、すべてお渡しするよう
あかねは軽く樽酒と干物を優喜に手渡す。
「このようなあばら屋住まい、このようにたくさんいただいても、雨ざらしにして、腐らしてしまうだけです。これで充分」
そっけなく返事を返すあかねに、慌てて、店の者が頭を下げた。
「どうぞ、すべてお受け取りくださいませ。嫡子をお探ししていただいたお礼が一夜干しと樽酒一つでしたでは、私が主に叱られます」
つまらなそうに見上げると、とんとつま先で地面打つ、ふわりとあかねが宙に浮き、男を正面から見据えた。
うっと男が息をのんだ。宙に浮くだけでも高位の術師であるのに、ましてや、一切の呪文も唱えていない。恐ろしい、これはまるでお城の白澤様を前にしているようではないか。
「良いことを思いつきました。田仲屋は明日、臨時休業、跡継ぎ様がお目覚めになられたのです、朝から晩までお祭り騒ぎ、お得意さまや
取引先はもちろん、近所の方達、店の者も盛大に酒さかなを振る舞われるのがよろしい。荷物はそれにお使いなさい」
「そそれは。私の一存では、そのような大層なことは決められませんので、まずは旦那様に」
ふっとあかねは右手の親指と人差し指で男の鼻を摘んだ。
くっと捻る。
あわわっ、男が慌てて顔を後ろに引いた。
「鬼紙家とは、田仲屋は古いつきあいのはず。そうではなかったですか」
「あ、はぁ、もちろん」
男が涙声で答えた。
にぃぃっとあかねが笑みを浮かべた。
「私は鬼紙家の孫娘、あかねです。明日はお爺様と田仲屋さんのお祭りに伺うことにさせていただきますわ。ついでに旧家の人達も呼びましょう、とても賑やかなお祭りになるでしょう、とっても楽しみ」
男が震え、尻餅をついた。
「鬼紙老の御孫様」
ふっとあかねが倒れた男の耳元に口を寄せた。
「虎の威を借る、可愛い子狐です、こーん」
あわわわと倒れた男が言葉にならない声を出す。
「優喜さん」
「は、はい」
「白澤にも田仲屋の祭りのこと、伝えなさい。あかねが是非ご一緒にお祭りを楽しみましょうと言っていたと」
優喜は頷くと、干物と樽酒を綾に手渡し掛けだした。

不意にあかねは万辺の笑みを浮かべ、後ろの列に両手でおもいっきり手を振った。
「みなさん。お仕事お疲れさまです。でも、食べ切れません、飲み切れません、明日は田仲屋さんは一日中、お祭りをされるとのこと。みなさんで、大いにこのお荷物、食べてください、お酒も飲んでください」
あかねの声の抑揚に微妙な変化があった。隣にいた綾も気づいていなかったが、寿歌の抑揚を言葉に加えることで、扇動したのだ。
うぉぉっという歓声が響いた。あかねと綾は番頭を駕籠に放り込む。そして、あかねが手拍子を打つ。小気味良い拍子が響く、あかねが歌いだした、本家の祭り歌だ。同じく歌い出すもの、おどけて踊りだすもの、列が一気に賑やかになる。
「さあさあ、みなさま、明日はお祭り、お帰りになったらさっそく祭りの準備ですよ」
あかねの掛け声に、一行が踊り歌いながら帰っていく。
あかねはにこやかに手を振った。
そして、低く呟いた。
「寿歌、恐いな」

部屋に戻ると、綾が男に干物を手渡した。
「綾さん、これは美味しそうだ、ありがとう。そうだ、お酒はなよ用かい」
あかねが針金を曲げ、大ざっぱに網を作った。
「樽酒を返したなんて知れたら、おおめだまですよ」
あかねが笑った。
「あかねは気が利くなぁ。それに言祝ぎ歌も一つが充分使いこなせれば、他も使えるようになるだろう。いい歌を聴かせてもらったよ」
あかねが頬を赤らめた。
「歌は、ちょっと恥ずかしいです」
「あかねさん、とっても綺麗で可愛かったです」
綾が目を見張って言った。
素直にあかねは照れ笑いを浮かべる。男も楽しそうに笑った。
「ただ、可哀想なのは優喜君だね。今頃、白澤さんに難しい顔をされているだろう」
男が遠火に焼く魚の焼け具合を覗く。
「大丈夫ですよ。さすがに白澤さんも面と向かっては怒れないでしょうから」
あかねが平気な顔をして答えた。
「あの、なにがどういうことで」
綾の言葉にあかねが答えた。
「ホンケの豪商 田仲屋の跡取りが意識不明になった。何処で何時に意識不明になったかわかっている、救い出すのはとても簡単なこと。なぜ、放置されていたのか。つまりは一定の術師以上は犯人がわかってたわけですよ、犯人が白澤さんだったって」

 

 

 

 

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遥の花 藍の天蓋 蛇足 遊歩風無

「千尋。お前ほど酷い男はおりません」
囲炉裏の向こう側、白澤が怒鳴った。
西の幽霊屋敷、男の前には白澤と現当主の少年が座っていた。
「ひどいなぁ、乳母ではあるけれど、私は白澤さんを母親とも思い、敬っておりますのに」
男が気楽な調子で答えた。
「なら、どうして、私だけを制するような結界を屋敷に敷くのです」
「それは単純に面倒臭いことになるのが嫌なものですから」
「本当にお前という子は」
白澤は次の言葉が見つからず、男の隣に畏まって正座している優喜と綾を睨んだ。
「お前達も連絡もよこさず、一体何をしていたのです」
「申し訳ありません」
優喜と綾が額を床に擦り付け、白澤に頭を下げる。
「それは仕方がない」
男が楽しそうに笑った。
「報告しようにも、私は、食っては寝て、食っては寝る、それだけの男です。まさか、晩ご飯に何を食ったかばかり、書くわけにもいかないでしょう」
男はすぃっと現当主を見つめると、居住まいを正した。
「当主殿。初めてお目にかかります。うちの娘がお世話になっております」
ふっと少年は目を輝かせた。
「なよ先生はとても素敵な方です。たくさんのことを教えてくださいます」
まったく表情のなかった少年の瞳に笑みが浮かんだ。
「ほんに、なよたけの姫も何を考えているのか」
不平そうに白澤が言う。
「なよはあれで、単純に子供好きなのですよ。善い娘です」
「とにかく」
白澤が声をあげた。
「こんなあばら家はやめて、お前は城にきなさい。良い部屋をあてがいます」
「それはお断りしますよ。お城なんて、私の柄ではありません、息苦しいだけです」
白澤はぐっと男を睨みつけたが、やがて、吐息を漏らすと呟いた。
「素直な良い子であったのに、こんなふうに捻くれてしまうとは」
「年月は人を変えてしまうものなのですねぇ。いやはや」
他人事のように、男が呟く。
ばしっと白澤は床を片手で叩くと、立ち上がった。
「とにかく、結界を敷くのは許しません。よろしいですね」
男は笑みを浮かべると頷いた。白澤が踵を返し、部屋を出る。当主も軽く男に会釈をすると、白澤の後を追い、屋敷を去って行った。
優喜は緊張が解けたのか、正座した姿のまま、うつ伏せに倒れ込んでしまった。
「大丈夫かい。優喜君」
「申し訳ありません」
慌てて、立ち上がろうとする優喜の頭を、男が左手で軽く叩いた。
「堅苦しいことはなしでいいよ。綾さんは大丈夫かい」
綾が呟く。
「腰が、抜けてます」
男が楽しそうに笑った。
「困った弟子だなぁ。睨まれただけですくみあがってしまうなんてさ」
「申し訳ありません」
優喜は起き上がると、男に向かってみずまいを正した。
「ま、しょうがない。あの人にとって、私達は犬とか、牛とか豚とか、そういうもんだからさ」
男は気楽に言うと、囲炉裏の薪を足す。
「それは」
綾が呟いた。
「綾さんの目の前に可愛い子犬が現れればさ、抱き締めたいとか、撫でたいとか、そんなことを思うだろう。そして同時に、すき焼きでね、牛肉、霜降りが美味しいなとも思うだろう。綾さんと子犬や牛との関係が、そのまま、白澤さんと綾さんの関係でもあるのさ」
男は柔らかに綾を見つめた。
「それは白澤さんと当主との関係も同じだ、当主も白澤さんにとっては、ホンケ存続の道具でしかない。なよは、子供が大人の犠牲になることを、とことん嫌う、だから、当主にちょっかいをかけているんだろう」
優喜が目を泳がせる。
「話が見えません」
「白澤さんは私の頭の中を、当主に移植しようとしている、そうすれば、ホンケはこの先、数十年は安泰だ。そのために当主は痛みも感じなければ、感情もほとんど無い、移植に係わる拒絶反応を最小限に抑えるためだろう。そんな子供を用意したんだ。なよはそれを見抜いたんだろうな」
「まさか、白澤様がそんな酷いことをなさるはずが」
綾が声を上げた。
男はくすぐったそうに笑みを浮かべた。
「白澤さんにとっては、酷いことでもなんでもないんだよ。綾さん、動物が可哀想だから、豚肉も牛肉も食べないのかい、食べるだろう。白澤さんにとっては
それと同じなのさ。ちょっと、可哀想だけれどしょうがない、ホンケのためだもの。その程度のことなんだよ」
男は小さく吐息を漏らすと、部屋を見渡した。
「ここの元住人だってそうさ」
男は気持ちを切り替えるように頭を振ると、ゆっくりと立ち上がった。
「頭を撫でられるくらいはなんとか我慢できるけど、食われるのはなんだかね」
優喜もなんとか立ち上がると、綾の元へ行き、背中を支えて、立ち上がらせた。ふっと、優喜が綾に笑みを浮かべた。
男が驚いて言った。
「世の中のこと、ほとんど知っているつもりだったんだけどね、まだまだ、こんな近くで知らないこともあったんだな。自分の鈍感さが嘆かわしい」
優喜が思い詰めたように男に言った。
「俺達、ホンケを離れます」
「それはホンケを敵に回すということだよ。間違いなく殺されるぞ」
「白澤様は精鋭同士の婚姻はお認めになりません、戦力が落ちてしまいますから」
「ま、育児休暇を申請されたら困るからねぇ」
男は呆れ声で言うと、綾を見つめた。
「綾さんもそれでいいのかい」
綾がくっと唇を引き締め頷いた。
「女性は強いなぁ」
男の言葉が終わると同時に部屋の壁が、轟音と共にふっとんだ。なよが飛び込んで来たのだ。
「年頃の娘が乱暴だなぁ。当主殿と会えたかい、それとも、すれ違いかな」
「少しばかり頬をつねってやったわい。それより、白澤が精鋭を引き連れやってくるぞ」
「夜まで待てないということだろうな。なよ、二人を連れて家に戻っていてくれ」
なよが二人を睨んだ。
「やっと結婚する決心がついたか。優喜は頼りないが性根は腐っておらん」
「なよは知っていたのかい。二人がそういう仲だということを」
呆れた声でなよが答えた。
「父さんは気づかなかったのか。わしは初めて見た時に気づいたぞ」
「実はついさっき、気づいた。本当は二人を気絶させて逃げるつもりだったんだけどね、そういうことなら、ホンケを離れるのもありかなと思ったわけだ」
男がにっと笑った。
瞬間、部屋の床、壁が血みどろになる。
そして、切り刻まれた優喜と綾の死体が転がっていた。
「中々の幻覚だろう」
男の言葉に優喜が震えながら頷いた。
「さすがじゃな。わしでさえ、ちと、びびるわい」
「白澤さん達が来たら、これを見せた後、炎でこの屋敷を燃やすことにするよ」
なよが興味深そうに、部屋を見渡す、綾は既に失心していた。
「なかなかじゃ。それで、父さんも帰ってくるか」
「幸が苦しむだろう。もう少し様子を見るよ」

本家を逃げだし、数日後、男は夜の砂浜に一人いた。とくに、行く宛もなく、旅をする。

男の面前、二、三歩歩けば届くほどの、転ぶように女が横切り駆けていく、逃げているのだ、後ろから十数人の男たちが女を捕らえようと追いかける。
「お若い人は元気だねぇ」
男はゆっくり立ち上がると、尻の砂を手で払った。
女が先頭の男に組み伏された。必死になって振り解こうという女の両腕を馬乗りになった図体の大きな男が細腕を折るかのように強く掴む。
「勇二、助けて」
女が叫んだ。
女を囲む男たちが笑った。
「どうして・・・、勇二」
女の視線の先には勇二という女の恋人がにやついた笑いを顔に張り付けていた。

「初めまして、勇二君。君もさ、鬼の仲間になっちゃだめだよ」
男は気楽に言うと、振り返り女にのしかかっている男の背中、仙骨と呼ばれる背骨の一つをこんと自在で軽く突く。
どさっと下半身が落ちた、まさしく、のしかかっていた男の下半身だけが重力に応じて、砂浜に落下した。
「うぉぉっ」
痛みに悲鳴を上げる。
「自分自身の痛みはわかるんだねぇ」
男は呟くと、周りの男たちを見渡した。
「女性に乱暴しようなんて、だめだよ」
「何者だ、お前」
「ん、見ればわかるだろう、ただの浮浪者さ」
男は見渡すと額に角を一本生やした鬼を睨んだ。
「なるほど、勇二というのが、生贄を用意する選別者、で、君に彼女を誂えようとしたってことか」
鬼が口を閉ざし、男を睨みつけた。
「この国のお偉い方々は、鬼におもねるために、国民のいくらかを鬼に差し出す契約をしたのは知っている。でもね、そんなことは知ったことではないのだよ、だって、この国は民主主義の国だからね
。偉いさんの勝手な約束なんか、知ったことじゃないのさ」
男はいたずらげに笑った。
「貴様、人の分際で我らに抗うと言うのか」
鬼が低く呟いた。
男が嬉しそうに笑った。
「その我らというのは、ここにいる子分たちのことを指しているのかな。それとも、鬼全体を指しているのかい。どちらでも、結果は同じだけどね」

「この野郎」
一人が男に殴りかかった。男は中段に自在を構える。殴りかかる男の腹に自在の先端が消えた。すとんと拳を振りあげたまま落ちる。
「無邪気だね。倒してくれといわんばかりだよ」
男が呆れたように言った。
ふわりと男が浮かぶ、月の光に自在が鈍く光る。男が舞うように片足のまま動く。寸分の隔たりもない独楽がゆるゆると回るように男が短く長く周期を変化させ動く。周りを囲んでいた者たちが鬼を除いて打ち倒されていた。
「幸のなみゆいという動きは片足にはちょうどいいな」
男は呟くと鬼の真正面に立つ、そして、少し見上げた。
「君も知ってはいるだろう、人と鬼は一切関わらず、古い人と鬼の約定だ。鬼が人の世界に入れば、そして、人が鬼の世界に入れば、たとえ殺されても、それぞれ、それを受け入れるってことだ。私は優しい人間だからさ、君を鬼の国に送り返してやってもいいんだけど、君はどうしてもらいたい」
「誇り高い鬼族が蛮人の提案を受け入れると思うか、愚か者め」
「原種の鬼の教育に毒されているねぇ。でもさ、私的にはその方が面倒くさくなくっていいかな」
男は笑みを浮かべ頷いた。
鬼が目をすぃっと細める、鬼を包む空気がざわりと唸った。
男がにぃぃっと、口元に笑みを浮かべた。
「やる気になったようだね。でも、ちょっと遅かった。君の首から下、既に固まってしまって動かないからさ。試しに右の人差し指、動かしてみな、固まっているだろう」
鬼が指を動かそうとした、しかし、動かない、鉛で固められたように動かない。
「何をした」
鬼が呻いた。
男が笑う。
「ただの暗示だよ。君がその暗示に掛かったのは、君の本心が私を恐れたからだ。試しに私を殴ろうとしてごらん」
鬼が歯を食いしばり、腕を上げようとする、しかし、全く手が上がらない。
「こんな人間に俺は恐れているというのか、否、そんなはずはない」
顔を歪ませ、鬼は腕を上げようとする。
「素直じゃないねぇ」
男は楽しそうに笑うと、鬼を見上げる。
「鬼の身分は、角で決まるらしいね。角が一本か、それとも二本か。長いか短いか、太いかそれとも細いか。でも、本人の資質と角の因果関係はないはずだよ。だってさ、角って、ただのカルシウムだよ」
男はすっと手を伸ばすと、根本から角を切り取り鬼に見せた。
「な、断面が灰色がかった白色だろう」
鬼が息を詰まらせた。
「お、俺の、俺の角が」
鬼が狼狽し情けない声を出した。
「あぁ、ごめん、ごめん、切っちゃった、糊で付くかなぁ」
男は角を鬼の足下に置いた。
「頑張って暗示をほどけよ、難しいけれど。角が何処かに行ってしまわないうちにね」
男は用事が済んだと、女に振り返った。
「彼らは気絶しているだけだからね、早く逃げなさい」
「あ、あの」
女が立ち上がろうとするのだが、立てずにいた。
男は自在を砂浜に突き刺すと、左手を差し出す。女がその手に捕まると、男がふわっと引き上げた。すとんと女が立ち上がった。
「ま、腰が抜けても仕方がないね。さ、お嬢さん、手を離してくれ、私は杖がないと歩けないんだ」
慌てて女は手を放すと、ごめんなさいと頭を下げた。
男は頷くと、杖を持つ。
「どうする、送っていこうか」
男が尋ねた。女が男の身なりを見て、慌てて首を横に振った。
「だ、大丈夫です」
「そうかい、なら、急いで帰りなさい」
「本当にありがとうございました」
ふと、思い出したように男が言った。
「多分、君の太股辺りに青い印が付いていると思う。それは、鬼を呼ぶ印だ。帰ったら、すぐにお風呂で洗い落としなさい。石鹸とたわしで、はれ上がるほど強く擦ること。そうすれば取れるよ」
男は軽く手を振ると背を向け歩きだした。

男が去っていく。女は恐る恐る辺りを見回す。倒れて白目を剥いた男たち、直立不動の鬼。女は自分の選択が間違っていたと後悔した。
「あ、あの」
女が叫んだ。そして泳ぐように、男に向かって駆けだした。男は振り返ると、荒く息をして、女が男のシャツの裾をしっかり握っていた。
「ごめんなさい。あの、あの、送ってください。夜道が恐くて一人で歩けないんです」

「そうかい、なら、送って行こう」
男があっさりと答える、砂浜から道路に出た。
「横を歩いてくれるかい。君が後ろだと、どっち行けばいいかわからないからさ」
慌てて、女は男の横を歩いた。
「遠いのかい」
「十分くらい歩けば」
「なら、歩いていくかな」
男は答えると女に合わせて歩く。既に深夜になっていた、灯りは電信柱からの街灯くらいのものだった。
途中、住宅街に入り、何度か角を曲がる。
「君。何か喋った方がいいかい」
「え」
「お喋りしながらの方が君の不安が紛れるかと思ったんだ」
「ありがとうございます」
女が小さく頷いた。
「うーん、しかし、難しいな。失恋直後の女性に語りかけるのは。何を言っても傷つけてしまいそうだ」
女がくすぐったそうに小さく笑った。女は自分でも驚いた。男の一言で、なんだか、背中が軽くなったような、ほっとした気分になったのだ。
「私には娘がたくさんいてね、上は多分君くらいの歳だ。そうだ、三女が喫茶店をやっていてね、料理がびっくりするくらい美味い」
「何がお得意なんですか」
不思議と、女は恐怖を忘れ、男に尋ねた。
「なんでも、美味しい。でも、特に言うなら、中華かな。一品が万とするような高級店にも負けていない、と思うんだ、もっとも、そんな高級店には行ったことないけどさ」
女が幸せそうに笑った。
「次女は怒りっぽい。いつも、怒鳴られているよ。本当は優しい娘なんだけどなぁ、そうだ、酒が過ぎるんだな。アル中にならなければいいんだけどね。君は飲むのかい」
「私は、少しだけ」
「そうか。でも、ほどほどにするんだよ。酒を飲み過ぎると脳が萎縮して小さくなってしまうぞ。ま、これは、偏見かな」
女はもしも自分に父親がいたなら、こんなふうに歩きながら喋っているのかなと思う。就職することで、やっと叔父叔母夫婦から逃げ出すことができたのに、こんな。
「ん、どうした」
「え」
「いや、急に表情が暗くなったからさ」
「いいえ、大丈夫です」
「そうかい。どんなに落ち込んでいても、真ん中の娘ならね、私は簡単に元気にさせることができるんだけどなぁ」
「どうするんですか」
「簡単なんだ。一緒にラーメン食うだろ、それから、ケーキを食べに行く。そうすれば、どんな深刻な顔をしていても元気になってくれるんだ」
女は顔をほころばせた。とても楽しそうな家族だと思う。
「家族っていいですね」
「そうだね、私が善人の振りができるのも、家族がいればこそだ」
男が呟くように言葉を繋いだ。
「ここが私の住んでいるアパートです」
男が見上げた。蓄四十年はゆうにたつだろう、二階建ての古びたアパートだ。
「あの、お茶でも」
女が思いきって言う。
「ありがたいけれど、娘に叱られてしまうよ、良識が足りないってね」
男は笑うと軽く手を振る。
「一つだけ、仕事を済ませてから消えるよ」
男は女の後ろを眺める。
「おーい、そこの二人。出てきてくれるかな」
女が驚いて振り返った。
ゆらりと闇が蠢いた。
男が女を背に隠す。
軍服を身につけた鬼と着物を纏った老人が現れた。
鬼が呟く。
「何者だ、お前」
低く這うような声だ。
「鬼神化計画で鬼になった自衛隊さんだね。私のことはお隣りさんに訊いてくれ」
すいと男が老人に笑いかけた。
老人が一歩退いた。
「何故、あんたが」
「私の娘と同じ歳頃の女の子が、目の前で鬼に食われようとしているんだよ。知らない振りはできないよ」
男は気楽に言うと、老人を睨んだ。
「以前、術師達が集まって政府に多くの術を授けた。自衛隊や警察に術を教え、鬼と対抗しようとしたわけだ、馬鹿としかいいようがないな。政府の方針が変わった途端、このざまだよ」
「あの時は」
老人が言い淀んだ。
「師匠や先人に申し訳ないかぎりだよ。あんたの師匠も草場の陰で泣いているんじゃないかな」
男はそういうと、ふっと笑みを浮かべた。
「ま、いいさ。それより、君。召還術師だろう、強そうなの一つくれないかな。それで見逃すよ」
老人が鬼を見上げた。
「わしは帰らせてもらうよ」
「俺の指揮から抜けるというのか、抜けるというなら、いま、ここで貴様を殺すぞ」
「無を相手に」
老人が言いかけた瞬間、鬼が銃を抜いた。男が鬼を頭から垂直に自在で切り落とす。鬼の体が左右真二つに割れて地面に落ちた。
「容赦ないな」
老人が後ずさりながら呟いた。
「これも人助け」
いたずらな子供のように男が笑みを浮かべた。
老人は驚くほどの機敏さで、二階アパートの屋根へと飛んだ。
老人が朗々と呪を唱える。男の前の風景が揺れた。
「神獣白虎をやる。これで見逃してくれ」
老人の姿が消えた。
男の目の前には虎を遙かに大きくした白い虎が唸りを上げていた。男の体を一口で飲み込めるほどだ。
男が睨む、白虎が口を閉ざし、前足を折る、そして、地面に腹ばいになってしまった。尾もしまい込んでしまっている。男の目に怯えたのだ。
「私の言葉がわかるかい、わかるなら頷いてくれ」
白虎が男の言葉通りに頷いた。男は杖を離し、手を伸ばすと、白虎の額に触れる。ぬえの体が感電したように震えた。
「術を伝えた。君の声帯は人の言葉を話すのに適していないけれど、口元の空気を君の意志で振動させることが出来るようになったはずだ。何か喋ってみてごらん」
男の言葉に呆然と女は男と白虎を見つめていた。
鬼が真っ二つになって、おじいさんが空を飛んで、巨大なライオン、ううん、白い虎が出てきて、なんだか、ファンタジーの世界になってしまった・・・。
女は転がっている杖を拾い上げて、男に差し出した。
「ありがと」
男は笑みを浮かべると、杖を受け取った。
「あの、いったい、何がどうしたのか、わからなくて」
「なんていうかな。君が思う以上に世界は面白く出来ているってことだ。それより、このアパートは動物禁止かい」
「あの、えっと。一階の大家さんが猫を飼っているので、猫だけは良くて」
「そうか、なら、子猫になってもらうかな」
男は白虎に向き直った。
「化身も出来るようになったはずだ。そうだな、子猫、虎猫になってくれ」
白虎が見る間に小さくなり、あどけない子猫に変わってしまった。
「これで良いのか」
女の足下で子猫が喋る。
「上等だよ」
男は笑いながら言うと、女に子猫を抱き上げるように促した。
恐る恐る女が両手を差し出す。ちょこんと子猫が女の両手に載った。
「可愛い、とっても可愛いです」
女は子猫を抱きしめると、いままでのことを忘れたかのように微笑んだ。
「名前を付けてくれるかな」
「名前。名前ですか」
女はしばらく考えていたが、やがて決心したのか、じっと子猫を見つめた。
「竜之介、竜之介にします」
「なるほど、虎に竜か、面白い名前だ。なら、竜之介、この娘を守ってくれ」
「承知した」
子猫が喋る。女が微笑んだ。不思議と友達ができたように嬉しかったのだ。
男が改めた表情になり、女に言った。
「この国のお偉方は鬼に屈した。そして、生け贄を差し出すことを鬼に約束した、君はその生け贄に選ばれたんだよ」
「私が」
「そう。君は両親がいないようだね。それにあまり人付き合いも得意ではなさそうだ。生け贄には若い女を差し出さなきゃならないのだけれど、親や友人が多いと拉致だなんだとうるさい。だから、国は君を選んだんだ。この竜之介
はそんな勢力から君を守ってくれるだろう。あとは任せて、私は行くことにするよ」
「あの、あの、私」
女は胸がいっぱいになって言葉を続けることが出来なかった。
「また、おじさんに会いたいです」
「私が生きていれば、会うこともあるかもしれないけれど。多分、私の娘達は相当にお節介だから、娘達の方が来るかもしれないな」
男が少し笑って首を傾げた。すっと、男の姿が消えた。
「え、おじさん。おじさん」
女が叫んだ。
「無は行ってしまったよ」
子猫が女の肩で呟いた。
「希代の魔術師 無。妙な縁が出来た。いずれまた、会うこともあるだろう。ところで、お前の名前は」
「私、えみです。笑うと書きます」
落胆した声で女が答えた。
子猫が、女の頬をそっと舐める。
「泣くな、笑。俺が守ってやる。生きていれば、また、会えるさ」

不意にトラックのエンジン音が響いた。
宅配に使われるような、確かに運送の看板が書かれている。
男が三人、飛び出してきた。その内、二人が素早く鬼の死体を梱包し、荷台に放り込む。
「あんた、何者だ」
運転していた男が笑を睨みつけた。
「あ、あの、私は」
笑が言い淀んだ。
すいっと、竜之介は笑の肩から離れ、男達の目の前に浮かんだ。
「文句があるなら言え。その後でじっくり食ってやる」
子猫が呟く。
鬼を回収した男が駆け寄ってきた。
「やはり、先生の斬り口だ。脳天からばっさり見事な斬り口だ」
子猫が最初の一人を見つめた。
「無を先生と呼ぶとは、お前達、ホンケの精鋭とかほざいている奴らだな」
「ほざくはよけいだ、俺たちは鬼の死体回収に来た。それと、目撃者の口封じにな」
緊張を押さえ込み答える。
「この娘を助けたのは無だ。そして、俺にこの娘を護るように命じた」
男達三人が向き合い、小声で話す、しかし、すぐに子猫に向き直った。
「先生に会うことがあれば伝えてくれ。二人を助け出してくれてありがとうと言っていたとな。もっとも、白澤様はかんかんだが」
三人は素早くきびすを返すと、車に乗り込む、急発進、車が通りへと消えていった。
笑が大きく息を吐いた。
「竜之介君、緊張したよ。息が出来なかった」
子猫が振り向いた。
「あの程度の奴らなら一飲みだ」
空を歩くようにして子猫は笑の肩に戻ると言った。
「風呂だ。鬼の印を消せ」
「うん、そうする」
アパートの二階へと駆けだした。

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異形 月の糸 蛇足 佳奈のこと

異形 月の糸 蛇足 佳奈のこと

佳奈はカウンターの椅子に腰をかけると、小さく吐息を漏らした。
「どうしたの、佳奈姉さん」
幸は隣に座ると、心配そうに佳奈の顔を覗き込んだ。

「幸に話してご覧、悩みを共有するだけでも、ちょっとくらいほっとするよ」
幸がやわらかな笑みを浮かべた。
佳奈は大きく溜息をつくと、顔を上げた。
「15の娘に赤ちゃんが出来て、たくさん言いたいこともあるけれど、それは主に不平不満だけれど、良くはないけど、まっ、いい、堪える、我慢する。もう、気持ちいっぱいいっぱいだけど、堪える。そう思っていたのに、今度は兄貴の隆志が、彼女を連れてきたんだよ。生まれて初めての彼女を」
「ふうん、良かったんじゃない、隆志君って、目立たないし、地味だし、ぼぉっとしているし、彼女ができるなんてお祝いしなきゃならないくらいだよ」
佳奈はより大きな溜息をつくと言った。
「一応、あんなんでも一人息子なんで、言葉には気をつけてください」
幸はいたずらけに笑うと、ごめんなさいと付け加えた。
「つまりは、可愛い息子を何処の馬の骨ともわからん女に盗られて、佳奈姉さんはいらいらしているわけだ」
やっと、佳奈は幸に向かい合うと、ぽつりと言った。
「あんなんじゃ、一生独身かと思っていたから、彼女の一人も出来て、ちょっと安心したんだけど、その、彼女がさ」
「なるほど、彼女さんの心を読んだってこと」
幸の言葉に、佳奈が頷いた。
「個人情報を遵守しろってなもんだけどさ。でも、気になるよ、凄い美人さんでさ、なんでこんな子がうちの隆志と付き合うんだ、もっと良いのがいるだろうにって思うよ」

幸がそっと微笑んだ。
「幸はお父さん以外の男は滅べばいいくらいに思っているからさ、隆志君は佳奈姉さんの子供って認識しかないんだ。ただ、佳奈姉さん自身が隆志君をもっと認めてあげる方がいいとは思うよ」
「ありがと、幸ちゃん」
「気が晴れたって顔じゃないなぁ。で、彼女さんは何を考えて隆志君と付き合っているの」
初めて、佳奈は幸の目をじっと見つめ言った。
「壁みたいなものが間にあって何も読めなかった。そして」
佳奈が言いよどんだ。しかし、思い切ったように言葉を続けた。
「ぎろって睨まれた」
幸が新しいおもちゃを手に入れた子供のように、笑顔を浮かべた。
「それは、一度会って、じっくりとお話してみたいなぁ。心を読まれないように障壁を作る技術は、きちっと、そのように訓練しなきゃならないんだ。何処で教わったんだろう」
ふと、幸は慌てたように居間の方角を見つめた。
「ごめん、佳奈姉さん。急用だ、ちょっと行ってくる。なよ姉さんに来てくれるように頼むから」
幸が佳奈の返事を待つ間もなく、奥に駆け込んだ、途中、段差に躓きそうになる、かなり慌てた様子だ。
「えっと、幸ちゃん」
「幸は急用じゃ」
なよが奥からにたにたと笑いながらやってきた。
カウンター越しに佳奈の前に立つ。
本当は男が箒で居間の掃き掃除を始めたのを察して、慌てて、ちりとりを片手に参じたという、幸が嬉々として、ちりとり片手に男の掃除を手伝っている様子を、なよもまさか、正直に言うわけにもいかず、つい、顔が笑ってしまったのだった。
「ま、命に別状のある話ではない。さて、内容は把握しておる、その彼女とやらに、わしも会うてみたいが、どうすれは会える」
「あ、あの。もうすぐ、ここに来ることになっていて」
「なんと、重畳。手回しの良いことじゃ」
ふと、なよが店の向こうを俯瞰するように眺めた。
「二人歩いて来おる、角を曲がった」
なよが目を見開き、嬉しそうにうなった。
「面白いことになるぞ。さてな、黒達は珍しく学校。小夜乃には灰汁が強すぎる。智里には荷が重いが、これも経験か。ならば、今後、ホンケを支えることになるやもしれん、かぬかにも見せてやらねばなるまいな。智里、かぬか、来い」
なよが呟いた。
間を置いて、二人がなよの元に駆けつけた。
「なよ様、参じました」
智里が呟いた。

「智里、かぬか。気配を消せ、魚が餌をつついておるぞ」

喜色万遍、なよはカウンターに陣取っていた。
佳奈以外の客は返し、あさぎも奥へと避難させる。店には、テーブルの椅子に座る佳奈と、佳奈をはさむように座る智里とかぬか。
「隆志、隣りの娘を紹介せい。まさか、俺の彼女などとは言わぬじゃろうな」
隆志がはにかむような戸惑うような、笑顔で視線を隣に移す。
隆志にとって、なよは家庭教師でもある、自分が大学には入れたのも、素直に認めたくはないが、なよのおかげだと思っている。
真面目な顔をして隆志が答えた。
「利藤さん、利藤夕子さん、俺の彼女です」
「なんとな、お前に彼女か」
なよは芝居じみた大袈裟な様子で驚くと、呵呵と笑った。
「ガキじゃ、ガキじゃと思うっておったのに、いつの間にやら、彼女を連れてくるような男になっておったとはな、成長したものじゃなぁ」
なよは隣りの利藤に目をやると言った。
「何処が気に入ったかはしらんが、わしはこいつの叔母のような者じゃ。ちと、こいつは面白みに欠けてはおるが、人の出来としては良いほうじゃ。仲良くしてやってくれ」
利藤夕子と紹介された女は、無表情のまま、なよを微かに見上げた。
「まさか、かぐやのなよ竹の姫がいるとは思いもしなかった」

ついと、なよが視線を智里に向けた。智里は一瞬にして、隆志の背後に立つと首の付け根に手を触れる、かくっと隆志が意識を失い、智里は軽々と引き上げると、隆志を抱えたまま、家の奥へと駆け込んだ。すいっと、かぬかが、佳奈をかばうように立ち上がる。
「困った奴じゃのう、甥っ子が傷つくではないか。自分が道案内に使われただけなどと知れば」
「町全体に広範囲の術がかけてあるのは知っていた。術を使う者には、街が霧に深く覆われ、一寸先も見えない」
利藤は答えると、振り返り、佳奈に言った。
「ご子息に危害を加えるつもりはなかった、ただ、心を傷つけたことは申し訳ないと思う」
表情を変えぬまま、利藤が佳奈に頭を下げた。

智里が店に戻ってきた、ちりとりを片手に幸が智里の後ろを歩く、智里はまったく、いや、気づいたのはなよだけだ。幸は利藤の背中に腕を溶け込ませると、なにやら小さな機械を取り出し、カウンターの上に置く、そのまま、佳奈の手をとると、奥へと戻った。
なよは、興味深そうに3センチほどの小さな機械をつまみ上げると、じっくり覘きこんだ。
「神経の中途で、情報を伝送するようになっておる」
利藤が振り返り、なよが興味深そうに機械を見ているに気づき、驚きに目を見開いた。
「なるほど、お前の見たもの、聴いたことが、そのまま、中継されるということか。少し、言うてくれれば、紅の一つも引いたものを。気が利かぬのう」
なよが、親指と人差し指で、その機械を押しつぶす。
にかっとなよが笑った。
「耶蘇教の天使よ。神に地上へと蹴落とされ、政府の雑用係に転職したか」
「お前に語る必要はない」
天使が呟いた。智里が動く、天使の後頭部に鋭い蹴りをまさしく突き刺す、微かに天使が首を振った、弾かれ、智里が天井に激突する、寸前、かぬかが飛び上がり、智里を抱きしめ着地した。
「智里、かぬかよ。まぁ、一年待て。さすれば対等に戦えるくらいの力をつけてやろう。こやつは、天使の中でも、神が他宗教の者達を邪悪として制するための、剣を携えた武装天使じゃ、剣呑、剣呑」
なよは楽しそうに笑った後、天使の目を静かに眺めた。
「お前はなるほど強そうじゃが、わしの敵ではない。ただ、まさしくこの国の政府がわし等を滅しようと送り込んだのが、お前じゃ。お前の記憶にそうある」
一瞬、天使がうろたえた。
「わしに記憶領域の障壁は意味無いぞ、お前の頭の中なんぞ、硝子張りじゃ。しかしのう、わしはお前より強いし、わしより強い者がこの家にはおる。役不足のお前をなんで送りこんだのじゃろうな」
「役不足かどうか、お前のその眼で判断すればいい」
天使は一歩、退くと呪を唱える。
「天使が呪文を唱えるか」
なよが笑う。そのなよの前に突き立てるように刃の先端が空中から突出した、剣の幅が二メートルはある、突き刺すだけで、なよの体がまっ二つになるような大振りだ。
しかし、その剣は微動だにしない。天使の呪に力が入る。
ほんの一センチ幅の刃帯儀がその剣先を押し返していたのだった。
「わざわざ、呪を唱えてその程度とはのう、神の軍勢もたいしたことないのう。うん、そうか、軍勢か」
なよが天井を見上げた。
「見つけた。対鬼用に構成した政府の呪術集団が押し寄せてくるわい、なるほど、呪術者はこの町には入れん、お前は奴らの道案内役か」
なよは振り返ると奥に声をかけた。
「幸、来い」
「はい、はぁい」
男と掃除が出来て機嫌の良い幸が顔を出した。
「幸、奴らに観光をさせてやれ」
「何処がいい」
「折角じゃ。人が多くて賑やかなところが良いのう」
「それじゃ、ニューヨーク、ブロードウェイに送るよ。大評判の催し物になるかもしれない」
「これはテレビが楽しみじゃのう、そうしてくれ」
幸は頷くと、何事も無かったように家の中へと戻った。

なよは、停止したままの剣の先端を摘むとぐっと力を入れる。そして、剣を押し戻し、剣そのものを消し去ってしまった。
「敵を騙すにはまず味方からというが、本来の説明もされず、鉄砲玉のようにここにやってきて、挙句の果ての醜態。なにやら、哀しいのう、もらい泣きしてしまうわい」
呵呵となよが大笑いをする。
「いや、すまん。せめて涙の一つも流してやろうと思ったが、つい笑ってしもうた」
天使は呆然とし、力が抜けたように、床にしゃがみこんでしまった。
「あ、あの。天使さん、うまくいかないときもありますよ、あまり、落ち込まないで」
あたふたとかぬかが天使に言った。ぎっと天使はかぬかを睨みつける、その頬に涙が一筋流れた。
「おいおい、かぬか。天使様は耶蘇教の神様の御使いぞ、わし等、下々のものがそのような口を利けば失礼に当たるぞ」
嬉しくてたまらないと、なよの言葉尻が、笑いを堪えるように震えた。
「うわぁぁん」
大声で天使が泣き出した。ぼろぼろに涙を流し嗚咽する。

ふっとなよは寂しそうな表情を浮かべたが、すぐにその表情を消すと、カウンターを出て、大泣きしている天使の後ろに立つ。右手で天使の背中に触れ、すぃっと左右に手を払う。ぶわっと天使の羽根が左右に広がった。店の幅いっぱいにありそうな、しかし、それは純白の羽根ではなく、灰色に斑になっていた。
「聞け、かぬか、知里。天使は神が自分の手足の代わりにと創りだした生命じゃ。お前達も思うじゃろう。自分の手足が自我を持ち、泣いたり、笑ったりしだしたら、異様に思うであろうし、なんとか自我を消そうとするであろう。神も同じじゃ、純粋無垢、己に従うだけの存在が自我に目覚めれば、その天使を潰し、漂白して、それを材料に新しい天使を創る。しかし、どうしようもない者は地上に放逐する。落ちた天使はそのまま消えてしまうか、堕天使、悪魔という存在になる、神は同時に成敗する対象を作りだすわけじゃ、マッチポンプというやつじゃな。こやつは戦闘の前線で強い自我を生み出したのじゃろう。神がわずらわしく思うくらいのな。よし、かぬか、わしの矢立てを持ってきてくれ」
かぬかは茫然とした表情でなよの話を聞いていたが、急いでなよの矢立てを取りに走る。

「知里よ。お前はわしの手足ではない。小夜乃同様、大切なわしの娘じゃ。わしはそう思うておる、そのこと、忘れるなよ」
なよの言葉に智里は胸が一杯になり、声を発することも出来ず、ただただ頷いた。
戻ってきたかぬかがなよに矢立を渡す。なよは受け取ると、嗚咽している天使の羽に文字を書く。
「なよ姉さん、これってなんて」
「わしの名前をラテン語で書いただけじゃ。こやつに手を出すということは、わしと一戦交えることを覚悟せよということじゃな」
いたずらげになよが笑った。
「泣くな」
なよが天使の頭を軽く叩く。天使が肩を震わせながらも、ぐっと口を閉ざした。

なよは天使の前に立つと、そのまま正座し天使の目をひたと見つめた。
「お前が、地上に落とされてからの、様々の災厄、悲しみ、絶望、迫害、忘れろとは言わん、ただ、それに引きずられるな、溺れるな。大望があるなら、ここでわしの妹として生きろ。しっかりと望みが叶えられるだけの力をつけてやるわい。わかったか」
天使が唇を噛締め、しっかりと頷いた。
いつの間にか、幸がカウンターにいた。
「夕子お姉ちゃん。なよ姉さんの妹、幸です。よろしく」
にっと幸が笑みを浮かべる。天使が泣きぬれた瞳のまま、そっと笑みを浮かべた。
幸も笑みを返す、しかし、ふと、奥に視線をやった。
「おっと・・・。目を覚ましたみたいだよ」

隆志が、ばたばたと奥から店に駆け込んできた。
「夕子さん」
なよと天使は隣り合ってテーブルの椅子に座っていた。
「なよ先生にいじめられなかった」
「なんという言い草じゃ。お前、わしに感謝の言葉はなしか」
隆志はうっかり口走ってしまったことに慌てながら、心の中ででもでもと呟く。
「気を失ってしもうたお前が居らぬ間、彼女が帰ってしまわぬよう、場を取り持っておったというに、感謝もせんとおるとは、つまらん生徒を持ってしもうたものじゃ」
なよが特大の溜息をつく。
「ご、ごめんなさい」
「まぁ、良いわい。しかし、一度、病院で精密検査を受けておけ、そうそう、倒れてはいかんぞ」
にかっと、いたずらが成功した子供のような笑みをなよが浮かべた。
天使が、いや、夕子がなよに囁く。テーブルになよが指で文字を書く。夕子が頷いた。
「ありがとう、隆志君。素敵なお店を紹介してくれて」
夕子は隆志の名前すら覚えていなかったのだが、如才なく微笑んだ。

「あのさ、幸ちゃん」
台所のテーブルに避難した佳奈は幸に声をかけた。
「夕子さん、隆志と付き合ってくれるかなぁ」
佳奈の言葉に幸は驚いた。
「夕子さんって天使だよ、人間じゃないんだよ」
「それは、わかっているけどさぁ」
あさぎが佳奈の前に珈琲を置く。
「ありがと、あさぎちゃん」
「どういたしまして」
佳奈があさぎの入れた珈琲を少しすする。
「冷静に考えて、隆志と付き合ってくれる女の子なんて、もう現れないと思う」
「それを母親が言っちゃだめだよ」
幸が困ったように笑みを浮かべた。
「夕子さんには大望がある、神に落とされた天使達の生活する場を作りたいと思っているんだ。いまはそのことで頭がいっぱいみたいだよ」
幸の言葉に、向かいに座っていた小夜乃が顔を上げた。
「もしも、なよ母さまさえ良いとおっしゃるのなら」
「それは、夕子さんとこれから暮らしていく中で、なよ姉さんが決めればいいかもしれないね」
幸は小夜乃の思いついたことをすぐに理解し答えた。結界を張り巡らしたかぐやのなよ竹の姫の領地、それを天使に提供しようということだった。
「まっ、佳奈姉さん。夕子さんはここで一緒に暮らすからさ、あとは隆志君の頑張り次第だ」
にっと、幸が笑った。

 

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異形 蛇足 かぬか びびる

 

本来、術者は行くことができない、正確には術者がなんとなく避けてしまうよう、難しい術が一帯に施されている。避けられるかもしれない面倒ごとは、あらかじめ避けるのが賢明だ。
かぬかは駅の改札を降りて、ほっと吐息を漏らした。幸い、かぬかは無の術を少し教わっているため、結界が見逃してくれたのだろう。幸の手書きの地図を見ながら、ここまでやってきたのだ。しかし、駅からの地図はない。つまりは書いても無駄なのだ、駅前商店街魚弦の佳奈さんに案内してもらうようにとある。
かぬかはほっと息を漏らすと、少しずり落ちかけた大きなリュックを担ぎ直す。今から登山でもしようかといういで立ちだ、かぬかの財産一式だった。

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異形 雨夜閑話 一話

幸、鬼を両断する

月曜日 18 7月 2011 at 5:30 pm.

異形 雨夜閑話 一話

男は落ちつかずにいた。
幸が一週間かけて造った風呂場、いや、浴場だ。大人、五、六人はゆっくり入ることができる。男は足を伸ばし、ゆっくりと湯船につかってはいたのだが、それでも、落ちつけずにいた。それは幸との約束、一緒に風呂に入って背中の流し合いをするという約束に、わかったと答えつつも戸惑いをかくせずにいたからだった。幸との約束は必ず守る、しかし・・・。
「お父さん、入っていい」
後ろ、曇り硝子の向うから、はしゃぐ幸の声が響いた。
「どうぞ」
戸惑いながらも、男は背中越しに返事をする。

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異形 雨夜閑話 四話

かぐやのなよたけの姫

月曜日 18 7月 2011 at 6:27 pm.

「先生、たーっち」
いきなり黒は男の背中を叩くと、あははっと笑って駆け出して行った。
「な、なんだ・・・」
男は居間で読んでいた書類を手から落とし呟いた。
本家への出張も終え、やっと落ち着いた次の日の朝のことだった。
「姉さん流の愛情表現ですよ」
白があかねを座らせた座椅子の横に座り、じっとあかねの手を両手で握っていた。
「実害はないので、どうぞ、よろしくお願いします」
白は笑うと、また、あかねを見つめ、その両手に力を入れる。

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異形 雨夜閑話 三話

三匹の猫

月曜日 18 7月 2011 at 5:55 pm.

異形雨夜閑話3話

「私、おじさんに罪を被せようとしました、大声で痴漢って叫ぼうとしました」
全員が硬直した、男や幸までも。

全員がテーブルにつき、晩御飯を食べようとした瞬間だった。倉澤は突っ立ったまま、ぼろぼろに涙を流していた。
「えっと・・・」
啓子が呟いた。
「ここは先生が倉澤さんを泣かしたということで収めればいいのではないかと」
「そう・・・、だね。お父さん、倉澤さんに謝ろう」
幸も呟く。
「ごめんね、倉澤さん。だから、もう泣かないでくれるかな・・・」
男はどうしたものかと戸惑っていた。取り合えずというのは嫌いだが謝ってこの場が収まるのならそれでいい。

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異形 雨夜閑話 二話

幸、ごめんなさいという

月曜日 18 7月 2011 at 5:40 pm.

雨夜閑話 二話

「眠れないのか」

幸は隣りの布団に眠る啓子に声をかけた。男は自室にて、一人眠り、幸は啓子と礼子と理恵子の四人で寝ていた。

そして、啓子の母親と恵は、別の部屋に寝ていたのだった。

礼子と理恵子のニ人は、喉が乾いたのか、ニ人して台所へと部屋を出、この部屋には幸と啓子のニ人だけだった。

「啓子さん、鬼の鱗粉が見えるようになったのか」

布団の中から幸が問いかけた。

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異形 月の竹 眠るモノ 四話

かぐやのなよたけの姫、危機に陥るかも

月曜日 18 7月 2011 at 6:49 pm.

男は、夕刻、茶店の窓際の席に座っていた。
珈琲をテーブルに戻し、行き交う人を眺める。
街中、まだ、日差しは残り、夕食の材料だろうか、買い物帰りらしい女性が多い。
男は会計事務所の勤めからの帰り、待ち合わせにと茶店に寄ったのだった。
幸せすぎて申し訳ない、思わず、男の口から小さく言葉が漏れた。

「よう、久しぶりだな。寺で閉じ込められて以来だ」
男がゆっくりと顔を上げた。
「どちら様でしょうか。お人違いではありませんか」
男が興味無さそうに言う。

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異形 月の竹 眠るモノ 一話

幸、白と旅する

月曜日 18 7月 2011 at 6:31 pm.

「あさぎ姉さん、お腹減ったよ」
黒がばたばたとあさぎのいる台所にやってきた。
「もうすぐ晩御飯だよ」
「お腹が減って待てないよぉ」
「しょうがないなぁ」
あさぎが何げなく黒のお腹をとんと右手で押す。
「このお腹の柔らかさは脂肪ではありませんでしょうか。太り過ぎはだめだぞ」
「だ、大丈夫だよ。しっかり練習するよ。おもいっきり動くよ」
あさぎは笑うと、戸棚を開けてみた、御煎餅があったはずだけれど。
「あれ、ないなぁ、お煎餅」

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異形 月の竹 眠るモノ 三話

月曜日 18 7月 2011 at 6:46 pm.

「先生、見回りに行こうよ」
黒が夕食後、男に言った。
「でも、寒いし。行くのやだなぁ」
男がくすぐったそうに笑う。
「もぉ。そんなことじゃ、町を守れないよ」
怒りだす黒が面白くて仕方ないと男が笑った。黒達三人がここに住むようになって一年が過ぎた。裏社会での術師と鬼の戦いは既に鬼の優勢となり、一般の人達には知らされていないが、術師の目を擦り抜けては鬼達が暗躍し、人々をさらってその血肉を食らっていた。ようやく、この頃になると、一般の人達も鬼を目撃することとなり、嘘か真かと戸惑いながらも、夜間の外出を控え、また、昼間でも一人で歩くことを避けるようになっていた。
男が台所を覗くと、白があさぎを手伝って洗い物をしている。幸はあかねに数学を教え、それを三毛が覗き込んでいた。
「本当にありがたいことだな」
男は小さく呟くと立ち上がった。
「よし、行くか、黒」
「うん、先生」

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異形 月の竹 眠るモノ 二話


月曜日 18 7月 2011 at 6:41 pm.

朝まだき、空気がしんと静まり返っている。
男と黒は、朝の空気の中を梅林の奥深く、ゆっくりと歩いていた。男の片手には、新しいコピー用紙の束がある。

「黒、この辺でいいだろう」
男が立ち止まると、左手を上げ、手のひらを空に向ける。男の手の上に、水球が現れた、その水球はゆっくりと上昇しだし、弾けた。
「水の結界を張った。誰も近づけないようにね」
黒が驚いたように声を出した。
「先生も母さんも呪文唱えずにどうして出来るの」
「幸は説明してなかったかな」
黒が頷いた。

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なみゆい


googleは、あまり好きではないのですが、google翻訳を利用しています。
作者 朽身揺歯

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異形

異形 流堰迷子は天へと落ちていく

異形 雨夜閑話

異形 月の竹 眠るモノ

異形 撃

異形 漣

異形 月の糸

遥の花 藍の天蓋

遥の花 あさまだきの靄


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