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Sep 08, 2019

遥の花 あさまだきの靄 四話

久しぶりの鬼紙家だ
ゆっくりと幸が左右を見渡す、そして見上げた。
瞬間、玄関の天井が抜けた、鬼紙の兵が十人、飛び降り、槍を幸に向ける。
幸は怯えもせずに言った
「こんばんは、幸と申します こちらに姉のなよがお邪魔しているはずですが、お呼びいただけませんでしょうか」
中の一人が槍を向けたまま、幸に問いただした。
「お約束はございますか」
ぐっと睨みつけるように言う。
「いいえ、ありません ふとした思いつきで参りましたから」
それではお引き取り願いましょう 鬼紙家では、お約束のない方にはお帰りいただいておりますゆえ」
「そうですか、仕方ありませんね」
幸が俯き、そのまま、呟いた。
「長男をはじめ、用意しておいた跡取りが鬼に食われたことで未だに神経質になっているようだな」
幸の言葉に男たちの間で緊張が走る。
幸が鬼紙家に来たのはこれが二度めだ。幸は忍び込もうと思えば、いくらでも入りこむこともできたが、なんかそれも腹が立つと、正面からやってきたのだった。
「自信がないから、怯えきって、わからないものはとにかく排斥しようとする、まるでガキそのものだ」
俯き、でも、聞こえるように言う。
「女、なんだと 我らを愚弄する気か」
驚いたように幸が顔をあげた。
「あれ、声に出てましたか」
幸がにかっと嬉しそうに笑った。奥からどたどたと駆ける足音、兵次だ。玄関口での騒ぎに胸騒ぎを感じ飛び出してきたのだった。
槍をすり抜け、兵次が割って出た。
「師匠 何してんですか」
「見りゃわかるだろう。可憐な女の子が男どもに槍を向けられ怯えている最中だ」
にひひと幸が兵次に笑いかけた。
兵次は頭を抱えたが、大きく息をし、男たちに振り返った。
「退いてくれ。でないと、お前たち、師匠に胴二つに斬られてしまうぞ。あとは俺に任せてくれ」
兵次が男たち後ろに追いやる、ふと幸が左端の男に言った。
「お前は残っていろ。言いたいことがある」
「こら、兵次」
なよが憤慨したように言った。
「早く出すぎじゃ、もう少しで幸の技を楽しめたものを」
いつの間にか、なよが兵次の隣りにいた。
何処からわいてこられましたかと言いたいが、そんなことを言えば命に関わると兵次は思う。
「なよ姉さんは冷たい。妹が脅されているのに平気で見ているんだから」
「あの程度の槍でお前がどうなるわけでもなかろう。それより、幸、何しに来たのじゃ」
「あさぎ姉さんの新作ケーキを食べてもらおうと持ってきたけど」
幸がケーキの箱を差し出した。
「帰りの電車で、ケーキ全部やけ食いすることにします。なよ姉さんが
冷たいって泣きながら」
「ま、まて」
なよがうろたえた。なよは幸に近寄るとしっかりと抱きしめる。
「怖い思いをさせてしもうた。わしがもう少し早く気づいておればよかったものを、さすれば、なんとしてでも、大事な妹を護ったに、怖い思いをさせてすまなんだのう」
「調子がいいなぁ」
あきれたように幸は言うと、なよにケーキの箱を差し出した。
「あさぎ姉さんから、みんなで食べてくださいって。みんなだよ、兵次の分も入っているからね」
なよは満辺の笑みを浮かべると、わかったわかったと頷いた。
「三毛やあかねはどうしている、それに亜矢は」
「三人とも風呂に入っておる、桧の良い風呂じゃ。それより」
なよが自分の額辺りを指さした。記憶を読めということだ。
幸がなよの額を見つめ呟いた。
「わかった そうする」
幸が頷く、なよも話は終わったとケーキの箱を抱きしめ鼻歌交じりにあてがわれた部屋へと戻っていった。
「あの、なよ様は何を」
気がかりそうに兵次が尋ねた。
「口に出して言えることなら、記憶を読めとはいわないさ。ただ、兵次、今晩はいつでも動けるようにしておけ、なよ姉さんの指示にいつでも動けるようにしておけよ」
早く帰ってお父さんに甘えたいなぁと幸が呟く、しょうがないと顔を上げた。
「そうだ 兵次の横のお前、男の振りをしているけど、腹をタオルで膨らませて、胸はさらしで押さえている、なにもんだ」
兵次が代わりに答えた。
「俺の妹、薫です」
幸が頷いた。
「薫さん、あんたに刃は向いてない、あんたらがあたしに槍を向けたとき、一人だけ刃先が震えていた。相手に刃を向けるということは、返す刃先で自分の首を飛ばされても仕方がありませんということだ。薫さん、それがわかってっから、びびって震えたんだろう」
薫はぐぎゅっと唇を結んだまま辛そうな表情を浮かべ頷いた。
幸は薫をまっすぐ見据えると、彼女の喉に右手を添える、あまりにもなめらかな動きに兵次は身動きができなかった。
「声帯に異常があって喋れないのか。あたしなら喋ることが出来るようにすることができるけど、薫さん、喋りたいか」
一瞬、薫は幸の言葉を理解できなかった。しかし、すぐに理解すると慌てて頷いた。幸が顔を兵次に向ける、兵次の表情に幸は頷くと、すぅっと薫を見据えた。幸の手の先が薫の喉にとけ込んでいく、
「声帯が機能するようしておくよ」
幸は薫の首に手を入れたまま言う。
「ゆっくり息を吐いてみろ」
薫の口から、あーという声が出る。
「もう一度だ」
次は薫の口からいーという声が出る。
今はあたしが薫の喉と声帯を操作している、自分で何とか声を出すには少なくとも一週間はかかるだろうけれど、正解を経験した筈だ。焦るな、ゆっくり練習していけ、急げば道に迷うからな」
薫は顔を上気させ何度も頷いた。
幸は兵次を見上げ言った。
「なよ姉さんが世継ぎの教育係を集めているらしいな 薫さんもそっちへ入れてやれ。斬った張ったより、適しているぞ」
「あの、しかし、我らは鬼紙私兵であるので」
「男の作った仕組みで女を翻弄させるんじゃねぇ。適材適所だ」
幸が見上げ、兵次を怒鳴りつけた。
幸は溜息をつくと、深く一呼吸をした。
「幸姉様。ここは独裁的治外法権の山里ですから、面倒ですがそれなりの手順が必要ですわ」
いつの間にか、あかねが兵次の隣に正座していた。嬉しくてたまらないと笑みを浮かべていた。
「なら、あかねが権力者の祖父さんにお願いするというのはどう」
うーんとあかねが首を傾げた。
「あかねは幸姉さんに絶対服従ですけど、お爺さまにお願いするというのは嫌かなぁ」
「えぇっ、絶対服従なのに」
「例外条項がいくつもありまして」
「なら、しょうがない」
幸は対等に喋るのが楽しい。
「幸姉様がなよ姉様にお願いするというのはいかがでしょう、選任の任もなよ姉様に任されていることですし。
「なるほどそりゃそうだ」
幸がぱっと無垢な笑顔を浮かべた。
「なよ姉様。幸ね、幸、なよ姉様にお願いがあるの」
うーんとあかねが両腕を組み、首を傾げる。
「間違いなく、蹴飛ばされますね、気色悪いって」
「だろうな。ということで、あかね、あかねがなよ姉さんに頼んでくれるかな」
「そうですね。では、善は急げということで」
すぃっとあかねが立ち上がった。
薫は驚いていた、配膳係のあかねさんは年下だけれど、優しい人だ。奉公の先輩として、部署も仕事も違うが、親しくしてくれていた。男ばかりの部署で気が張りつめる中、ほっとできる人だ。それが、神様のような女の子を姉さんと呼んでいる。考えてみれば、あかねさんのことを全く知らない。
あかねはにっと笑うと、薫の手を握る。
「大丈夫ですよ。あかねにあとはお任せください」
用事が済んだと、あかねは薫をなよの部屋へと連れて行った。
「さて」
幸が兵次に言った。
「すぐに帰るつもりだったけれど、事情が変わった。あたしは友達ん宅で待機する」
「師匠、友達がいるんですか」
驚いて兵次が言った。幸が睨む。
「あ。いえ、そうではなくて、鬼紙にという意味でして」
しどろもどろに兵次が言葉を重ねる。幸はにっと笑みを浮かべた。
「とってもいい人だ。今度、紹介してやるよ」
すっと、幸の姿が消えた。兵次はそっと幸のいた場所に手をやり、何もないことを確認する。ほっと兵次は安堵の溜息をついた。

鬼紙家の屋敷から普通に歩けば五分、小さな古民家だ。もっとも、中は現代的な設備が整っている。
辺りはもう薄暗い。
幸は引き戸の前に立つと、目立たない呼び鈴を探すことなく鳴らした。
「はーい」
インターホン越しに女性の明るい声が聞こえた。
「遅くからごめんなさい。幸です」
「え、幸ちゃん。待ってて、今、開けるから」
ばたばたという足音と共に引き戸が開いた。
「遅くからごめんなさい」
幸が言うと、心底嬉しそうに、章子は首を横に振った。
「大歓迎だよ、さあ、入って」
「遅いですから、ここで」
「えぇっ。いいから、どうぞ、どうぞ」
章子は幸の手を取ると、元気に招き入れた。
章子は台所のテーブルに幸をつかせると、お茶を沸かす。IHだ。鬼紙老の趣味で新築の家も古民家風だが、中は現代的だ。
「幸ちゃん、今夜は御舘に泊まるの」
「あ。いえ、家に帰ります。最終の電車があと一時間くらいかな」
「だめだよ、危ない」
章子が驚いて言った。
「滅多なことはないと思うけれど、うちへお泊まりよ。今夜は兵次さん、帰ってこれなくなったし、ほんと言うと、私一人で寂しいんだけど」
章子が真面目な顔をして言う。
章子は兵次の妻で、幸は兵次の師匠の娘ということになっていた。
「それじゃ、宿代がわりにこれ、あげます」
幸がケーキの箱を食卓に置いた。章子用にあさぎのケーキを一つ余計に持ってきていたのだった。
そっと章子が箱を開ける、あさぎの新作ケーキだ。
「うひゃ、美味しそう」
思わず、章子がケーキを箱から出した。
「うわ、恥ずかしい。行儀悪いなぁ」
「気にしないでください、幸は章子さんに食べてもらいたくて持って来たんだから」
「もう。幸ちゃんはいい子だなぁ」
章子は皿を持ってくるとケーキを載せた。
「半分こしようか」
「ううん、幸はお店と御舘とで二つ食べたから。それに、章子さんが美味しそうに食べるの見たくて持ってきたんだから、章子さん、食べてください」
まるで夢見るように章子はケーキを眺めていたが、そっと、フォークをさし、一口食べる。
章子の表情が消えたと同時に、両目から涙が流れてきた。
「美味しい、美味しいよ。なんで、こんなに美味しいの」
夢中になってケーキを食べ終えると、章子は食卓にふせってしまった。
「子供の幸ちゃんに、大人として、いま、とっても恥ずかしいけど、なんだか、とってもとっても、幸せな気分。ふわってなってる」
「持ってきた甲斐がありました」
幸もそっと微笑んだ。
「今度は兵次お兄さんとお店に一緒に来てください。御馳走でおもてなししますよ」
「行きたいけどなぁ。申請が通らないだろうし」
「申請ですか」
幸が呟いた。
鬼紙一族、これは鬼紙老を頂点とした絶対君主制ともいえる。一族の掟は絶対だ。
「里から出るには御舘の許可がいるんだけど、幸ちゃんちでご飯食べてきます、はどう考えても許可されないと思う」
「美味しい外ご飯を食べにいく、それが許可されないって、それはどういう理由からですか」
静かに幸が尋ねた。
「え、だって」
「理由を言葉にして教えてください」
「あの、わからない。ごめん」
「為政者、御舘は楽でいいですよね。あれこれ、口うるさく言わなくても、下の者は自分で自分自身を自縛してくれおるわいって」
幸がにっと笑った。
章子は幸の言葉に混乱してしまった、それって、えっと、どういうこと。考える、ぐっと考える。
「あ・・・」
章子が息を漏らした。
幸が少し笑った。
「章子さん。鬼紙の一族は人の世界を鬼から護るため、その一点で御舘の独裁を受け入れてきた、鬼を研究し戦うためには、みんなで仲良くというより、独裁を受け入れる方が確実ですから。でも、鬼紙老の跡を継いだはずの娘が逃げ出し、遊興三昧、あれ、これってありなの、って思う人たちも増えてきたとか」
章子が真面目にうなずいた。
「政治家の中には鬼と接触して利益を得ようとする人たち、鬼の力を利用して自衛隊を強力にしようとする人たちも現れだして、里の外は案外混乱しています。鬼が人を普通に食べる、その一点において、人と鬼の共存は避ける方がいいのは間違いなく、鬼紙家も今までと違った取り組み方が必要かもしれませんね」
「幸ちゃん、以外と賢い、美人で賢い」
「はい、幸はとっても美人でとっても賢いですよ」
幸が笑った、章子もつられて笑う。
「幸ちゃん。私はこの里を案外気に入っているんだ、不便なことも多いけれど、空気が美味しい、食べ物が美味しい、自然も豊かだしね。だから、ちょっとずつ、御舘も鬼紙のみんなも、変わっていけばいいなぁなんて思う」
「なら、幸ちゃんちでご飯食べてきますって申請してみてください、そのやりとりから変わっていくかもしれませんよ」
章子が心の底から楽しそうに笑った。
「私は幸ちゃんが好き。なんだか、とっても元気になれる。ありがとう」
「どういたしまして。母は強しです」
幸がそっと頷いた。
「三毛ちゃんに昼間会った、初めて見たけど、可愛い女の子だった」
「上の子は母さんだめだよって意見するけれど、末っ子は甘えん坊で困った困った」
全く困ったふうではなく、幸が笑う。章子は三毛が私たちは養女ですけど、気持ちは本当の実のお母さんなんですと恥ずかしそうに笑っていたのを思い出した。
「章子さんも、お腹の中、赤ちゃんがいるでしょう」
「え、わかるの」
「わかりますよ、まだ、体型はほとんど変わってませんけど、幸は目ざといのです」
にひひと幸が笑う。
つられて章子も笑ってしまった。
玄関口の呼び鈴を誰かが鳴らしたのだろう。ピンポンという軽やかな音がする。
「ひょっとして、兵次さんかも」
章子が立ち上がって壁のモニターを見る。お隣の、といっても百メートルほど先にある家の奥さんだった。
「ちょっと、いいかな」
インターホン越しの見知った顔の声に章子は今開けますとドアへ走る。
幸はこの家を取り囲む数十人の気配を感じていた。
遠見で鬼紙家を見れば、なよがにかにかと喜色満辺の笑顔でこちらにやってくる、兵次は詳しくは聞かされていないのだろう、戸惑った顔をしてなよの後ろを付いてくる。
「なよ姉さんが鬼紙家をかき混ぜた所為で溜まっていた芥が浮かび上がってきたか。どうせ、遅かれ早かれだ」
幸は呟くとシンクの壁に掛かっているプライパンを見つめた。
「何をするんですか」
章子の大声が聞こえた。
幸が視線を向けると、刀を持った男が二人、駆け込んで来、章子を突き飛ばす、幸は章子の後ろに回ると、章子を後ろから抱えるようにして倒れながらふわっと受け止めた。
きっと幸が男二人を睨みつける。
「出て行きなさい。武器を持ってやってくるなど、恥ずかしくはないのですか」
「なんだ、なんだ。威勢のいいのが一匹いる。ほぉ、これは凄い美人さんだ。ガキだけどな」
男が刀を前に突きだし、幸に近づく。幸は駆けると、フライパンを両手で握り振り上げた。
「出て行きなさい。でないと、打ちます」
幸のフライパンを上に掲げ、隙だらけの姿に男二人が笑い転げた。
ふざけたように刀をかざした男が言った。
「いいから殴ってみなよ。俺様の頭で受け止めてやるぜ」
「女をなめるな」
幸は正面から刀をかざした男の頭めがけて走る。
かざした男の刀の先が幸の喉元一センチに達した瞬間、こいつは刀を戻す意志がないのだなと把握した。
幸は右にかすかに崩れ、刀を避けると、男の顔面寸前でプライパンの柄を掴む両手をほんの少し緩める、幸の手のひらの中で柄が数センチ動いた瞬間、握り直し男の顔面にプライパンを打ち込んだ。顔面挫傷だなと手応えを感じながら、幸がそのまま、膝をついた。
「ひゃぁ、章子姉さん、やりましたよ」
自分でも驚いたと声を上げる。
「幸ちゃん、すごい、やった」
章子も興奮して叫んだ。
瞬間、兵次が飛び込んできた、もう一人の男を首投げをし、その倒れた男の胸に肘を落とした。
「章子。大丈夫か」
「私は大丈夫。幸ちゃんが助けてくれたの」
「えっ」
兵次が恐る恐る振り返る。
にっと幸が笑っていた。
「兵次兄ちゃん、ありがとう」
幸は用事が済んだと外へ走る。外ではなよがおよそ五十はいる武器を持った男たちの前で、嬉しそうににやにや笑っていた。風切り音、刃帯儀だ、家の回りを走らせ、男たちを逃げられないよう閉じこめているのだ。
「なよ姉さん。殺しちゃだめだよ、この人たちにはこれからも鬼紙家を支えてもらわなきゃだから」
「そうじゃったのう。うっかり忘れておったわい」
うひひと笑う、暴れるのが相当嬉しいらしい。
なよの正面、がたいのよい男が腰を落とし、槍をまっすぐ、なよに突きつけていた。なよが自然体に立つ、男の咆哮だ、槍が唸りをあげ、なよの心臓を貫こうと疾走する。なよがわずかに右に逸れ、左手を伸ばした。左手の甲と槍の柄が重なる、男が槍を手元に引く、それに引かれるようになよは男の前に入り、入り身、下段、右半身で男の鳩尾を拳で貫き、体を緩めながら右前にでる。なよの後ろで男がそのまま地面に倒れた。
「一対一はつまらんのう。まとめて掛かってまいれ」
なよがにかにか笑いながら怯えだした男たちに声を掛けた。
章子と兵次が家から飛び出してきた。
「幸ちゃん、大丈夫」
章子が心配していた。
「私は大丈夫ですけど」
幸がなよを見る。次々と武器を持った相手を、なよが地面にぶつけていっている。
「なよ様、かっこいい」
ほぉっと章子はなよの動きを見ていたが、決心したように、口を横に引き、しっかりと言う。
「幸ちゃん。女だからって、守ってもらえることを当てにしちゃだめだってこと、私、わかったんだ。幸ちゃんがいなければ、兵次さんが戻ってきてくれなかったら、私、殺されていたと思う。私もフライパンもって戦えるように頑張るよ」
幸は章子の真っ直ぐさを気に入っていた。
「章子さん。女は度胸。成せば成るだよ。一緒に頑張ろう」
幸は笑うと、なよに向かって声をかけた。
「なよ姉さん。一枚、分けてくださーい」
聞こえたのだろう、なよが小さく手首を震う。袖口から飛び出してくる線状のもの、空気を切り裂き、幸の寸前で止まった。絹の帯を裂いた一メートルほどの布切れだ。刃帯儀、本来は刃のように人も物も切り裂くが、ふわりと幸は刃帯儀に横座りすると章子に言った。
「幸はとっても美人でとっても賢いのですが、お父さんとあんまり離れてしまうと寂しくて泣いてしまうのです」
幸がにっと笑った。
「また来ますね、それでは」
魔女の箒のように、刃帯儀が幸を乗せ飛んでいった。
「ひゃぁ、幸ちゃん飛んでる。さすが、兵次さんの師匠のお嬢さんだ。ただものじゃないんだねぇ」
どう答えたものかと兵次は頭を抱えた。

あかねはこんなものかなと配置を見渡した。畳の大広間、時代劇での江戸城で将軍が謁見する様を思い起こせば、それなりの屋敷が一軒そのまま入るような広間だ。
中央後方は一段、高くなっており、藤の座椅子に腰掛ける鬼紙老、その隣には孫の長子、孝一郎、そのお守り役の子供が三人、向かって右は亜矢と薫、左は三毛が座っている。薫はこの状況に何がなんだかわからずにいた。身分の低い自分が天井人の鬼紙老と同じところに座っている。そして、あかねさんが鬼紙老に座る位置を指示し、かわいげのないやつだと文句を言いながらも鬼紙老がその指示に従う、これってどういうことなんだ。
「さてと」
あかねは言うと、鬼紙老に向き直った。
「今から鬼紙私兵を中心に五十人くらいやってきます。ここにいる者たちを鬼紙老を除いて殺します。鬼紙老は早朝、生きたまま張り付けにされます。こういう予定で彼らはいます」
そして、あかねは背を向けると言った。
「三毛、亜矢さん、薫さん、皆を護ってください。あかねは彼らを押しとどめます」

幸はそうだと思い立ち鬼紙老の舘に戻ってきた。あまり来たくはなかったのだが、三毛の顔を見ておこうと思ったのだ。大きな老舗旅館のような玄関に入る。ふと、幸は右端に女がうずくまっているのに気づいた。完全に気配を消している、余程の者でも気づかず通り過ぎるだろう。幸は女の記憶を遠慮なく読むと、女の前に立ち、ぎゅっと抱きしめた。
「あなたはかぐやのなよ竹の姫の密偵、いえ、娘ですね。私はかぐやのなよ竹の姫を姉と呼ぶ者です」
幸はゆっくりと体を離すと、自らに術をかけ、気配を消したままの女に囁く。
「国の民を自分は護ることができなかった。それが姉様の大きな傷となり、その傷を無くしてしまわないために、姉様は生きています。私はそれを可哀想とは思いません。立派に傷を引き受けたと思っています。ただ、姉様と呼ぶ身と致しましては」
幸は女の両手をしっかりと握りしめた。
「娘として時折会ってやって欲しいと願っております」
女の術が解け、その閉じた眼から涙が零れた。

あかねが満遍の笑みを浮かべた。
「これは鬼紙私兵の隊長様、抜き身の槍を片手にどうなされたのでしょう」
部屋に五十人以上はいる、鬼紙私兵があかねや鬼紙老を半円に取り囲んでいた。
「お前は確か、配膳係の者だったな」
「はい。覚えていただき光栄にございます」
「なぜ、お前がここにいる」
「それは、いま、この場所で隊長様と向かい合うに最適の人選であると考えやお待ちしておりました。なにやら、みなさま、難しい顔をなされて、槍や刀がこちらに向けられている、そのようにみえるのですが、これはいったい、どうしたことでしょうか」
「新しい世界を創る、ということだ。逆らえばお前も死ぬことになる」
あかねは考えるように少し俯いたが、顔を上げ言う。
「本来、鬼紙老を護るはずの鬼紙私兵が、その鬼紙老に刃を向ける。つまり、反乱ですとか、革命とかいうもので、その血祭りに私たちはあげられるということですか」
男はあかねの妙に落ち着いた受け答えに気味悪く思う。身分としては配膳係は低い身分だが、鬼紙老の口に入るものを扱うだけにその身元や思想は厳重に調べられる。当然、隊長である自分がそれぞれの詳細を知りうる立場にあるが、このあかねという女の情報が極端に少ない。何者なのだ、この女は。

あかねは手首に巻いていた輪ゴムを取ると、髪を後ろに束ねた。そして、帯を解き、着物を脱ぎさる、ブルース・リー初期のカンフーの服装だ。着物を畳み、すたすたと後ろへ脱いだ着物と帯を持って行き、何事もなかったように隊長の前に戻る。
そして、やってきた兵士たちに声をかけた。
「私は鬼紙老を護ります、結果、あなた方と闘うことになります。もし、やっぱ、怖いから闘うのやめておくという方は少し後ろへ下がって正座してください」
あかねは鬼紙私兵隊長の前に立つとにかっと笑った。
「隊長なら理解しているはず。刃を向けると言うことは、その刃で己の首を切られても文句は言えないと。ま、もっとも、頭が地面に転がっていたら喋れませんけどね」
隊長はぐっと息を吸うと、一歩下がり、腰を落とす。そして、穂先をあかねの喉元へ向ける。
「娘子供と侮ることはせぬ」
隊長があかねの喉元に向け、槍を繰り出した。あかねは避けもせず、槍先を掴んで笑った。
「修行が足りませんね」
そのまま、槍の先を掴んだまま、あかねがほんの少し、俯く。どすんとうつ伏せに隊長が倒れた。まるで、巨大な物に押しつぶされたように
悲鳴を上げ、私兵たちが刀を振り回す、槍でめった突きしようとする。あかねは気分良く踊るように攻撃を交わしながら、相手の顔面を打ち据えていく。
あかねさん、強すぎる。
あかねから少し離れたところにいるのに、薫にはあかねの打撃を見極めることができなかった。あまりにも速く、相手が倒れたことであかねが攻撃したのだとわかる。
「かっこいいです」
思わず薫が呟いた。隣にいた亜矢も言う。
「最初の槍の打突を無造作にあかねさん、掴んだ。凄い見切りと自信ですよ」
「あの、どうして隊長は槍を手放さなかったのでしょう、手を離せばあんなふうには倒れなかったはずなのに」
「離れないんです、手を離したくても張り付いたように槍が放せない」
亜矢は行きの電車でのナイフ男の手が柄から離れないように操作するなよの動きを思い出す。
倒れた兵が三十人あまり、二十人ほどは後ろに下がり、正座して頭を畳にすり付けていた。
つかつかと、あかねはうつ伏せに倒れた隊長に近づくと、その後ろ頭をすこんと叩いた。
「起きろ。いつまでも寝てんじゃない」
はじけるように隊長は体を起こすと回りを見渡す。あぁと溜息をついた。そして、胡座に座り直すとあかねに言った。
「反乱の首謀者は俺だ。俺の首を落として晒し首にでもしろ」
殺すのは簡単なんだけどね、あかねは呟くと隊長の前に正座した。
「あたしも数え切れないくらい鬼も人も殺したけれど同族は厳しいな。隊長さん、奥さんも子供もいるでしょう。あんたを殺すっていうことは、家で知らずに待っている人たちのこれからも殺すということだ。殺せなんてさ、かっこつけずに命乞いしなよ。やだやだ、男ってのはなぁ」
心底呆れたとぱたぱたと手を振り、あかねは言葉を続けた。
「反乱でも革命でもいいや、隊長さんの目的はなんだったんだ。なんか、理由があったんだろう、それを言ってくれ」
ぎゅっと、あかねが隊長の目を睨んだ。
「自由が欲しかった」
目を瞑り隊長は重々しく答えた。
「目を開けろ、歯を食いしばれ」
そういうと、隊長の頬をすぱんと平手で打つ。
「バカ野郎。ガキがあたし、彼のこと、全部好き。その程度のぼやけた言葉を偉そうに言うな」
隊長が目をきょろきょろさせる、まったく想定していない反応に頭が回らなかったのだ。
「それ、誰に借りた言葉だ。自分でひねり出した言葉じゃないだろう」
襖の向こうで衣擦れの音がした、駆け出す足音、あかねはハンカチを出すと襖に向けて飛ばした。まるで礫のようにハンカチが飛び、襖を貫いた。手首にハンカチの巻き付いた女がひとり、引っ張られるように広間に転がってきた。
「先生」
思わず、隊長が叫んだ。隊長はあかねと女の間に割り込み、あかねに懇願した。
「先生は悪い人じゃないんだ。迷い込んできた旅行者で俺たちに生きることの大切さを教えてくれた恩人なんだ」
泣き出しそうな女の顔、あかねは溜息をつくと、立ち上がり、隊長の前に立つ。
「男ってのは哀しいくらい美人に弱いんだなぁ」
あかねは女の前に行くとゆっくりと話しかけた。
「名前は」
「た、田中、朱美です」
「ふうん」
あかねは振り返ると隊長に言った。
「立って、こっちに来い」
女性が心配でよろめきながらも隊長がやってきた。
「三毛、お願い」
あかねは三毛も呼ぶと言った。
「この田中さんって人を立ったまま動けないようにしてください」
「うん」
三かが頷いて女の後ろに立つ、そして、右手を女の肩に載せた。これだけで女の体がまったく動かない。体を動かし始めるには何処かを緩めなければならない、三毛は緩みを消すように右手で女の動きを操作しているのだった。
「隊長、その額を触ってごらん」
「いや、それは」
隊長が戸惑う。あかねが言葉を重ねた。
「あたしも胸を触れといっているんじゃない。おでこをちょっと触れと言ってんだ、それくらいでセクハラとは騒がないだろう」
隊長が人差し指と中指で女の額にそっと触れる。違和感、これは。
隊長は指先に微かな円の形を感じた。
「摘まんで引っ張ってみな」
隊長が恐る恐る女の額を摘まむようにして引く。肌色のフィルムが取れ、その額には短く切った角の跡が残っていた。
「鬼、だったのか」
隊長が呻き声で呟いた。三毛が小指を少しだけ緩める。口が動くようになったのだろう、女が大声で笑った。
「男なんてぬけさくばかりだ。ちょっと、しおらしくすればすぐに信じきっちまう。これで鬼紙私兵でございとよくもまあ言えたもんだよ」
三毛が小指に少し力を入れる。女の口の動きを止めて、哀しそうに溜息をついた。
「お、俺たち、だまされていたのか」
正座したままの男たちが口々に驚きの声を上げた。
「馬鹿野郎」
あかねが男たちに怒鳴った。
「だまされていたんです、だまされていたボクは悪くありませんというつもりか。いい歳してだまされるってのが罪なんだ」
男たちが俯いて口を噤む、あかねの声に怯えたのだ。
あかねが隊長を仕方なさそうに見る。
「だまされた被害者たちは、今度は加害者になる。だから、被害者になってはならないんだよ」
「わ、わかりました」
隊長が素直にあかねに頭を下げた。
あかねは頷くと正座していた男たちに声をかけた。
「今晩のことは不問とする。倒れている奴らを医事方へ連れて行け。その後、通常業務へ戻れ。速くしないと殴り飛ばすぞ」
あかねの声に男たちは倒れている仲間を連れ、広間を逃げるように去っていく。
「隊長」
「はっ」
あかねの言葉に隊長が直立不動で答えた。
「鬼紙には多くの外へ出してはならない文書や口伝がある。だから、自由と言っても限度がある。それはわかるな」
「承知しております」
「鬼紙では長い間、里から外へでるのは許可制だったが、近日、申告制と変わるだろう。今後、こうしたい、こうありたいと思うことがあるなら、御舘に言え、いきなり、刃を向けるな」
「申し訳有りませんでした」
隊長はあかねの采配に感動していた。三毛はこの人って単純で普通にいい人なんだなと思う。
ふと、あかねは気がついて鬼の女をみつめた。近寄って、少し、背伸びをして上から見る。首を傾げ
たまま、女を睨む。
「一つ、尋ねたいことがある。あんた、生き別れの家族とかさ、いないか」
驚いたように、女が目を見開いた。
あかねが三毛を手招く。三毛は手を離して、女を正面から見た。
「そっくりだ」
三毛も呟いた。
「あんたら、妹のことを知っているのか。あたしより、十こ下で、多分、あんたの肩くらいの背になっていると思うんだ」
女が必死の表情で二人に声を上げた。
「どうしよう」
三毛があかねに囁いた。うーん、とあかねが腕を組む。
「単純にはいかないなぁ」
あかねが深刻な顔をして答えた。
幸は女の前に立つと、少し見上げる。そしてその頬に右手を添えた。
「お前、名前は」
幸が問う。
いつの間にか現れた美少女、女は一瞬、喉をつまらせた。
「田中朱美はもういい。本当の名前を言ってくれ」
「私は天津地朱女」
本名を言う。女はこの少女が自分の前に現れた瞬間、自分は審判にかけられていることを理解したのだ。
「なら、朱女(あけめ)と呼ぶ。妹と別れた経緯を話せ」
女、朱女は覚悟を決めると幸の前に正座し、話し始めた。
「原種の鬼同士の戦争に駆り出され、父は殺されました、母も父の後を追うように私と生まれたばかりの妹を残して死にました」
朱女は赤ん坊を育てることができず、かぐやのなよ竹の姫の国と隣接していたこともあり、赤ん坊を角のない鬼の国にある姫が世話をしている養護施設に置き去りにしたことを正直に話した。幸は朱女の記憶を深層まで読みながら、その言葉を聞く。
「朱女よ。かぐやのなよ竹の姫の国は滅ぼされた、角のある鬼の軍隊に」
「第一王子の軍隊だ。あいつを鬼王にさせない、だから、私は第二王子の配下に加わったんだ」
幸は妹を殺されたと思うゆえの、第一王子への怒りと恨みが朱女を突き動かしているのだと思う。
「幸母さん」
話を聞いていた三毛がぼろぼろと泣いていた。
幸とあかねはかなりの修羅場を渡っている、だから、こういうこともあるなと思うのだが、三毛には衝撃だったのだろう。
三毛がぎゅっと幸の服裾を掴む。ふと、男の泣き声が聞こえた。残っていた隊長が目を真っ赤にして泣いていた。幸は正直なところ面倒くさいことに関わってしまった、これなら玄関口で座っていた方が良かったかと思う。あかねがにっと笑う。良くも悪くもいまの自分の気分を理解するのはあかねだけかと思う。
幸は朱女の前に正座すると声を掛けた。
「朱女さんは鬼紙家の敵だ。で、あたしらは鬼紙家の側だ。いま、朱女さんの妹は幸せに暮らしている。それは安心すればいい。ただ、もしも朱女さんが妹に会いたいというなら、敵には教えられない、鬼紙家の側についてくれ、なら、便宜をはかってやる。つまり、第二王子を裏切れということだ」
朱女が両手の拳をぎゅっと強く握りしめた。
「裏切り者と呼ばれても、私は妹の姿を見たい」
呻くように朱女が言う。朱女が両手を畳につけた。
「よろしくお願いします」
「わかった。でも、朱女さん、あんたの左胸には宝具が心臓の代わりに入っている、裏切れないように第二王子に術を掛けられているんだろう」
「一目でも会えれば思い残すことはありません」
うおぉ、隊長が雄叫びを上げた。ばたばたと幸の前にやってくると、額を畳にすり付けた。
「頼む。先生を助けてやってくれ」
幸は振り返ると、あかねに視線を向けた。あかねが頷く。あかねは隊長の襟首を掴むと、薫のところまで引きずっていた。
「ま、第二王子とは面識がある。うまくやってやるよ」
幸は立ち上がるとふわりと浮き上がる。右手を伸ばす、右手が消えた。ぐいっと右手を引く。
第二王子が幸の右手に引っ張られ、どすんと畳に転げた。広間は特別に天井を高く作ってあるが、それでも、立てば天井に頭をぶつけるだろう。
「何だ。何があったんだ」
第二王子が呻きながら体を起こす。
幸が宙に浮いたままにかっと笑った。
「やぁ、久しぶりだ。元気そうでなによりだな」
第二王子が顔を上げた。
「あのときの」
「ぼこぼこに殴られて虫の息だったが、元気になったようでめでたい。早速だが、元気になったんだ、恩を返せ」
第二王子は怯えていた。自分の術を無効化するは、殴り飛ばされるはさんざんだった、今でも夢を見ては、汗ずくになって目を覚ます。
「あ、あの、恩というのは、と申しますと」
「瀕死のお前を助けてやったじゃないか、まさか、忘れたのか」
「覚えております」
悲鳴を上げるかのように答えた。
朱女は目の前で起こっていることが理解できずにいた、あの第二王子が怯えているなんて。
「あたしはお前の部下が気に入った。お前の後ろにいるだろう、彼女をあたしにくれ」
慌てて振り返る、朱女は背を伸ばすと、ぎゅっと第二王子を見返した。
「お前がいるということは、まさか、ここは鬼紙か」
ようやく、第二王子は回りを見回した。
「わかった、譲ります」
「ありがとう」
幸は第二王子の前に立つと右手を差し出した。
「彼女の心臓を出せ」
第二王子は袋を取り出すと、動いている心臓を一つ、つまみ出した。
「第二王子よ」
幸が優しく笑みを浮かべた。
「勘違いは一度までは許す」
にぃいと唇を歪めた。第二王子は顔を青くして、取り出した心臓をしまい込み、違う心臓を取り出す。幸はその心臓を受け取ると、朱女の左胸に入れる、戻す手で宝具を引っ張り出した。
「なかなか綺麗な扇だ。随分と役に立ちそうだ。餞別にこれを元部下にやるというのはどうだ」
第二王子は惜しいと思ったが、何よりも早くここから離れたかった。
「わかった。くれてやる、だから、俺を早く帰してくれ」
第二王子は帰りたい一心で懇願した。
幸が右手を振る、幸が両手を伸ばしたほどの白い紙が現れた。
「これはあたしが念写した写真だ。扇の代わりにやろう」
幸が投げるのを第二王子が受け取り、それを見る。
「ま、まさか、これは」
「失敗続きのお前だが、この写真、うまく使えば、鬼王になることができる、もっとも、使い方を間違えれば、お前の首が飛ぶ。どうするかはお前次第だ」
幸は用が済んだと、払うように手を振る。第二王子の姿が消えた。

て、どうするかなと幸が考える。なよがすっと受け入れるとは思えない。いや、どうだろう、案外、受け入れてくれるかも。つまりは反応を測りながら言葉を調整していくかと考える。
「幸母さん、ありがとう」
三毛が笑みを浮かべた。
「いや、まだなよ姉さんがいるからな。なよ姉さん、戻ってきた、いま、玄関口で喋っている」
三毛がぎゅっと拳を握りしめた。
「三毛がお願いします」
「しっかりしたなぁ」
幸は笑うと、朱女に声を掛けた。
「もうすぐ、朱女の妹を我が子として育てている人が来る。かなり頑固で怒りっぽい、すぐに手がでる。ただ、とても大事にしているのが朱女の妹、いまは小夜乃という名前だ。朱女。とにかく、怒るだろう、妹を捨てるとはなにごとと怒鳴るだろう。勢いに押されこまれないようしっかり踏ん張れよ」
朱女はどきどきしながらも、頷いた。声が緊張して出なかったのだ。
「来るぞ」
なよが広間に戻ってきた。
にかにかと笑顔なのは、散々、鬼紙私兵をどつき倒したからだろう。

三毛は駆け寄るとなよの前に立つ。
「おう。どうした、三毛」
「なよ姉様にお願いしたいことがあります」
「わしの気分は上々じゃ。ねだるなら今の内じゃぞ」
呵々となよが笑った。
三毛が大きく深呼吸をする。
「小夜乃の実のお姉さんを見つけました。会ってください」
「ほぉ。どいつじゃ」
なよが広間を見渡す。そして、朱女を見つめた。
「あれじゃな、よく似ておる」
朱女は失神寸前だった。かぐやのなよ竹の姫が母親だなんて。膝が震え立っていられない。なよはすたすたと朱女の元に来ると、右手をその頬に添えた。
「お前が姉か」
「はいっ」
「妹を捨てるとはなにごとじゃ。ま、ともあれ、お前が捨てたからこそ、小夜乃はわしの娘になった、そして、わしはなにものにも代えることのできない娘を得た。そう考えれば、礼をいうべきかもしれんな」
なよが朱女の頬をぎゅっとつねる。
「これくらいで、妹を捨てたこと、不問にしてやるわい」
幸が心底驚いたとなよに言った。
「びっくりした。なよ姉さんがこんなに物わかりがいいなんて」
なよは笑顔で幸に近寄ると右腕で幸の首をぎゅっと締める。
「なよ姉様、苦しいですよぉ」
ぱっとなよは腕を放すと幸を睨んだ。
「遠見で経緯をすべて見ておったわい。お前が策を弄すれば怒鳴ってやろうと思ったが、三毛が真っ直ぐ言いおるから仕方あるまい」
「一言もありません」
幸が降参した。すぱんと幸の頭を叩くと、朱女に向き直る。
「小夜乃はわしの娘。お前が小夜乃の姉と言うならば、朱女よ、お前もわしの娘じゃ。異存はないな」
「はいっ」
精一杯の声で朱女が答えた。


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