遥の花 藍の天蓋 蛇足 白受難

遥の花 藍の天蓋 蛇足 白受難

驚いた、あのすかした親父が無だったなんて。
ガンマンと徒名か定着してしまったのだが、本名、和弥は西の幽霊屋敷の表に置かれた縁台に一人座り、頭を抱えていた。
かなりのイケメンを予想していたんだろう、それがこんなおっさんだったなんて、申し訳なくってさ、そう言って、気楽に笑う無を前に、俺は茫然としてしまった。
確かに優喜が先生、先生と呼んでいたが、まさか、あのおっさんが無だなんて、思いもしなかった。
いや、思いたくなかったのかもしれない。神狩りの二つ名を持つ男。まさしく神と真っ向戦うことのできる唯一の男、そう聞かされ育ってきた。右手にサイコガンを持った男、そんなアニメじゃないけれど、それがくたびれた中年のおっさんだったなんて、そりゃないよ。俺の子供の頃の憧れを返せってんだ。
「どうしたんだ、ガンマン。さすがにへたばったかい」
優喜が和弥を見つけ、隣りに座った。
ふと、和弥が呟いた。
「なぁ、優喜。あのおっさん、本当に強いのか」

「俺よか、遥かに強いぞ」
「いや、そうじゃなくて。神狩りと言われたほどに、ってことだよ」
優喜は、うーんと唸って顔を上げた。
「それは知らない、俺は神様と知り合いじゃないからな。ただ、白澤様は先生のこと、びびってる。俺はそう思う」
「白澤様って、ホンケを統べるという、あの白澤様か。体術や妖術はもちろん、数百年は生きているって」
優喜は頷くと、目を瞑って俯いた。
「先生がどれほど強いか知らない、ただ、あかねさんや漣さんの異常な程の強さは分かるだろう」
和弥が息を飲んだ。
「あぁ」
「この二人よりも遥かに強いのが先生の四女 幸、さんだ。そして、その幸さんも先生には絶対服従だ」
優喜はゆっくりと目を開けると、空を見上げた。青い空に真っ白な雲が一つ、二つと浮かんでいた。
「もう四年になる。狐の面を付けた軍隊がホンケを?? ?攻め込んだことがあるんだ。白澤様はすぐに察知し、町の人間をすべて北の山に非難させ、俺達兵隊を引き連れ、結界の前で待ち構えた。奴らは重火器を備え、最新の設備を持った軍隊だった。白澤様の結界も、対魔術塗装を施された戦車が打ち破って行くんだ。もうだめだって思った時、白澤様の隣りに現れたのが、幸だった。幸が自在片手に軍隊に向かって突っ込んだ。自在が戦車を切っちまうんだよ。豆腐みたいに切ってしまって、中も血だらけだ。戦車三十台、ロケットランチャーを傾げた歩兵もいた、多分、三千人は居た、幸が縦横無尽に駆け回るたびに、血に真っ赤に染まった戦車が細切れになるんだ、歩兵たちも、首をちょん切られて、胴を斜め二つにされて、俺、思わず、持ち場を離れて飛び出してしまったんだ、その時、一瞬、遠く離れた幸と目が合った、そして、確かに俺の耳元で聞こえたんだ」
「お前の頭も斬り落としてやろうか」
「うわあぁつ」
優喜は縁台から飛び出すと、地面にはいつくばり蹲ってしまった。
あかねが邪悪の塊のような笑みを浮かべていた。
「男のお喋りはみっともないですよ」
優喜は荒い息を吐き、涙ながらに振り返った。
「あかねさん」
「声、似ていたでしょう」
あかねがいたずらが成功した子供のように笑った。
「その話は地震による災害ということになっています、たとえ、弟弟子であろうと、軽々しくいいなさんな」
「申し訳ありません」
優喜が頭を下げた。
「さて、ここからが大変だったのです。優喜はどうせ気絶して見ていなかったでしょうけど」
「は、話すんですか」
「だって、こういう話って、言いたいじゃないですか」
あかねが縁台に座った。
「狐面の軍隊は、人である自衛隊員を鬼に変えてしまうという鬼神化計画の端緒であったのですが、それはおいといて、まだ、その時点では、ホンケの町は無事被災することなく済んでいたのです。それが、なぜ、町の三分の一ががれきと化すことになり、地震ということになったのか。それは幸お姉ちゃんと白澤さんの口論から始まった二人の喧嘩、それが町の三分の一を破壊する大喧嘩になったからなのです」
一息ついたところに、漣が屋敷から駆け出してきた。
そして、あかねの前に立つと、自分の唇にそっと人差し指を触れる。
「お父さんからの伝言です。お喋りはその辺で勘弁してください、って」
うっとあかねは息を飲むと、気もそぞろに立ち上がった。
「さて。ガンマンも修行を初めて二週間、それなりに強くなったということで、息抜きのためにピクニックに出掛けます、綾さんがお弁当を作ってくれています」
「いや、あの、話の続きは」
戸惑いながら和弥が尋ねた。
ぎっとあかねは和弥を睨みつけると、話を続けた。
「目的地が鬼の国にあるので、ちょっぴり、いざこざもあるかもしれませんが、それについては、ガンマンに頑張ってもらうこととして、楽しいピクニックにしましょう」


駆けてくる足音。
「あかねちゃーん」
白とかぬかが駆けてきた。
あかねがほっとしたように笑みを浮かべた。白はぎゅっとあかねを抱き締めると、嬉しそうに笑った。
「元気だった」
「あかねはいつも元気ですよ」
「ちょっと日に焼けたみたい」
あかねの笑みに白は頷くと、今度は漣をぎゅっと抱き締める。
かぬかは背中の荷物を降ろすと優喜に声を掛けた。
「お久しぶりです、優喜さん。精鋭の皆さんも元気ですか」
「綾と二人で先生付きになったからさ。他の奴らとは会っていないんだ。まっ、滅多なことはないと思うよ」
かぬかは頷くと、和弥に目をやった。
「こちらが噂のガンマンさんですか」
「噂ってなんだよ」
かぬかはそっと両手を合わせ、お辞儀をする。
「なんと申せばよいのやら。御愁傷様です」
かぬかがくすぐったそうに笑った。
「あ、あのなぁ」
「初めまして」
白がふっと和弥の前に立った。
「あかねの姉 白です。そして、こちらがかぬかです。今日はピクニックと聞いてやってきました。和弥さんでしたよね、今日はよろしくお願いしますね」
和弥はどきっとした。なんて、綺麗で優しそうな人なんだ、和弥は、ここに来てからというもの、かなりの女性不信に陥っていたが、それもあり、白がまるで救いの女神のように見えたのだ。
「あ、あの。初めまして。お、お父様にはお世話になってます。えっと、妹さんにも」
「世話のしがいに欠けますけどね」
あかねが憎まれ口をたたく、白はそれを笑みで流すと、かぬかに目をやった。
「お父さんに挨拶に参りましょう」
白とかぬかが屋敷に入って行った。
「や、やぁ。あかねさん」
「どうしたんですか、急に笑って。気色の悪い」
「あの、白さんも強いのかなぁ」
「白姉さんは、争い事が苦手です。でも、活法に秀でていますから、マッサージでもしてもらったらいいです。疲れなんかすぐになくなりますから」
あかねはそう言い残すと、漣を連れて屋敷に戻った。
「さて。俺達も準備するか」
優喜が立ち上がると、慌てて和弥が声を掛けた。
「白さんって、彼氏いるのかな」
「は・・・・。ガンマン、何言ってるんだ」
「いや、あのな」
和弥が頬を赤らめ俯いた。
何純情やってんだと優喜は言いかけたが、あかねに漣、美人ではあるが、きつい女達に辟易としていたところに、白の八方美人だ。ま、しゃあないかなと思う。
「白さんたちの母親はすげえ男嫌いで、先生以外の男は滅亡すりゃいいと思っている人だ。彼氏なんてできたら、次の瞬間、抹殺だよ。ガンマン、相手が悪いぜ」
「でも、恋愛は自由だ、それに誠意を持ってお願いすれば」
優喜は和弥がかなりの思い込み野郎だということを思い出した。重症にならない内に諦めさせておくほうがいいかもしれない。
優喜は気持ちを改め、しっかりと、和弥を見つめた。
「白さんは白澤様の孫娘だ」
「それって、猫又ってことか。いや、でも、先生の娘って」
「先生の四女 幸さんが白さんを自分の娘にするって、白澤様から奪い取ってしまった。先生はその代償に俺達精鋭に術を教えてくれることになったんだ。ガンマンもさ、二週間、先生に術を教わって思っただろう。それまでの修行が子供だましみたいなものだったってさ。それだけ、先生の術には価値がある。そういう意味では白さんに俺達は感謝しているが、同時にどれほど白さんが素敵な女性になろうとも、俺達は白さんに手を出さない。俺達は既に代償として術を授かっているんだから」
「それは、あんたら精鋭の言い分だ。もう、俺の愛に歯止めは効かねえ。それに、俺は猫派だ、猫だろうと猫又だろうと愛しきってみせるさ」
ガンマンがそう言い切った瞬間、すっと刃がガンマンの喉に触れた。
「それ、本気なの」
黒が姿勢を落とし、ガンマンの真正面から、刀の刃をガンマンの喉に向けていた。
「うわぁ、わっわっ」
ガンマンが驚いて尻餅を付いてしまった。
「うーん、信念が足りない、不合格。残念でした」
黒が面白そうに笑った。
「どうしたんですか、黒さん」
黒は刀を宙にしまうと、優喜に笑い掛けた。
「お久しぶり、元気そうですね。ピクニック、お弁当と来たら、黒も参加します。外で食べるお弁当が楽しみ」
黒が食い気だけでやってきたこと、優喜は納得した、黒さんの食い気は恐ろしい。
「あんた、誰だ」
尻餅を付いたまま、ガンマンが黒に吼えた。
「白の姉だよ、よろしく」
黒はあっさり答えると、優喜に向き直った。
「お父さん、会って来ます。それじゃ、後で」
黒が屋敷へ駆け込んで行った。
ガンマンは大きく息を吐き、立ち上がった。
「深窓の令嬢が黒のジャージ姿で、やってきた」
優喜は大きく溜息を付くと、ガンマンに言った。
「ここでの恋愛はやめておけ。あかねさんは鬼紙家の御令嬢、漣さんは鍾馗の姫君、黒さんと白さんは白澤様の孫様。とんでもないのばかりだ。命がいくつあっても足りないさ。その上」
優喜はなよの名前を上げかけたが、自分自身がその名を出すことが恐ろしく、名前を言うのをやめた。なよまでやってきたら、かなわない。