遥の花 撃 一話

遥の花 撃 一話

「あれは」
男が小さく呟いた。
夕刻、中学校から帰る白の姿だ、友人だろう、同じ制服を着た女の子と公園のベンチでお喋りを楽しんでいる。
男は白の世界が少しずつ広がって行くのを感じた。
学校に通わせたのは正解だったかなと思う。
黒が中学三年、三毛は一年、白が二年と一年ずつずらしたのだが、黒と三毛は出席日数を計算し、出来るだけ学校に行かないようしている。同い年の人間が嫌いなようだ。白だけが、医者になるのを目指し、真面目に学校へと通っていたのだった。
男は少し笑みを浮かべると背を向けた。

歩きだし、しばらくして男は白の気配を後ろに感じた。
「お父さん、冷たいですよ。声をかけてくれなきゃ」
白は男の右腕を両腕でだきかかえると、嬉しそうに笑った。
「ごめん、ごめん」
男は笑うと、白の頭を左手で撫でる、嬉しそうに白が笑みを浮かべた。
「白のお友達です」
白は手を離すと、隣にいた女の子を男に紹介した。
「津崎椿さんです」
慌てて、その女の子は男にこんにちはと言い、会釈する。
「白の父です。白をよろしくね」
男は穏やかに笑みを浮かべたが、ふと振り返る。
「ケーキ店の前か。白、良いところで声をかけたなぁ」
「はい」
白がにっと笑みを浮かべた。
「父兄同伴なら買い食いもいいだろう。ケーキセットでいいかな」
「黒姉ちゃんたちもいいですか」
「もちろん」
男が笑みを浮かべた。

ケーキ店に設えたテーブルに着く。男の前に白、白の横に椿が座った。
「津崎さん、白は学校で楽しくしていますか」
「え、あ、はっ、はい」
男は笑うと、白に言った。
「良い友達が出来たね、白。最初はどうなるかなと不安だったけど。あとは、黒と三毛か」
白が少し困ったように笑みを浮かべる。男は軽く溜息一つをついた。
「まぁね、特に黒は頑ななところがある、三毛は黒に影響されているしさ。父さんの前では二人とも素直で可愛い女の子なんだけどね」
ふと、男は入り口を見た。はぁはぁと息を切り、走ってきたのだろう、黒が小夜野を背負って立っていた。後ろには三毛が小夜野が黒の背中から落ちないよう支えている。
「お父さん、音速で走ってきたよ」
黒はにっと、幸と同じ笑みを浮かべると、小夜野を背負ったまま、男のもとにやってきた。
「座って、ゆっくりしてくれ。お疲れ様」
三毛が座席を向こうから一つ、取ってきてテーブルに寄せる、黒がそれに小夜野を座らせた。
「なよ姉さんからの伝言です」
「三毛、なよは小夜野のこと、心配してなかったか」
「とっても、心配していた。でも、小夜野ちゃん、一時間なら外に出ていいって」
三毛が嬉しそうに笑った。
「なよは過保護だからな」
男が笑みを浮かべた。
目の前の座席に座ろうとする黒を見て、津崎はどぎまぎしていた。
突然、転校してきた美人三姉妹。特にいっこ上の黒と呼ばれる女の子は、端整な顔立ちと怜悧な表情で、私達の憧れの先輩だ。
黒と三毛も椅子に座る、ふと、黒は津崎を見てにっと笑った。

「椿ちゃん、白をありがとうね」
津崎は慌てふためいて、こくこく頷いた。
「こ、こちらこそ、あの、あっと、えっと、白さんと、な、仲良くさせていただいていますっ」
そっと、黒が目元に柔らかな笑みを浮かべると、少し頷いた。

「さて、ケーキを選んでくれ。お喋りばかりだと、お店の人に叱られてしまうぞ」
男は笑うと黒にメニュを手渡した。
「白は何にする」
黒が白に話しかけた。
「白は断然チョコレートケーキです」
「相変わらずだなぁ、椿ちゃんはどうする」
津崎は憧れの先輩の笑みにどう答えればと、慌てふためいた。
「あの、えっと、えっと・・・」
返事ができず、津崎が固まってしまった。
「椿ちゃん、大丈夫だよ。深呼吸なさい」
黒の言葉に津崎は大きく深呼吸をする。白も津崎の手をやわらかく握った。
「わ、私もチョコレートケーキでお願いします」
黒がにっと笑った。
「ここのチョコレートケーキは美味しいよ」
黒は小夜野に話しかけた。
「小夜野は何がいい」
「苺のケーキが食べたいです」
「黒と一緒だ、ケーキはやっぱり苺だよ。三毛は何にする」
「決まってます、チーズケーキです」
うふふと黒が笑った。山羊を飼い始めたのだ、三毛は山羊のミルクでチーズを作るのだと楽しみにしている。
「お父さん、どうする。一番のお勧めは苺のケーキだけど」
「そうだな、お勧めは父さんには甘すぎるかな、ショコラケーキを頼むよ。それと、珈琲で」
「珈琲は母さんに叱られるよ。だから、父さんが母さんに叱られたら黒も一緒に謝ってあげるよ」
「頼りになるなぁ、黒は。ありがとう」
男が嬉しそうに笑った。
黒が注文に行く間、ふと、三毛が言った。
「黒姉ちゃん、大人っぽくなった気がする」
「そうだね。お姉ちゃんとして頑張っているんだよ」

三人を中学に入れるにあたって、男は幸と相談し、自分を三人の父親ということにした。
それからだろう、三人は男を先生と呼ぶのを止め、お父さんと呼ぶようになった。
ただ、あかねや啓子も男をお父さんと面白がって呼ぶようになった、そういう意味では男の広い意味でのあだ名と捉えても良いかもしれない、とにかく、男は改めてそう呼ばれることが楽しいことだと感じていた。

「ね、お父さん」
三毛が身を乗り出して男に声をかけた。
「今日はお仕事、早く終わったの。まだ、明るいよ」
「うーん」
男は困ったように笑みを浮かべた。
「実は会社をくびになってね。公園でぼぉっとするかな、って時に白に見つかったのさ」
三毛が目を輝かせた。
「それなら、お父さん、ずっと家に居ることができるの」
「再就職も難しい時代だからな。困ったなぁ」
「大丈夫だよ。母さん、喜ぶよ。母さん、この頃、父さんの身体のことが気掛かりで、ぼぉっとしたり、泣いたりしてたんだよ」
「そうか・・・、辛い思いさせたんだな」
男は少し俯くと、小さく吐息を漏らした。
「幸と畑仕事するのも楽しいだろうな」
「そうだよ。母さん、とっても喜ぶよ。あさぎ姉さんのお店も順調だよ、心配ないよ。生活できるよ」
「そうだね、楽しそうだ」
「ね、三毛が山羊さんの世話を教えてあげるよ。山羊さんのチーズでチーズケーキを作ろうよ」
「わかった。それじゃ、三毛に教えてもらおう。三毛、よろしくお願いします」
三毛が幸せそうに笑った。

黒は話が終えたのを見計らって、戻ってきた。
「お父さん、頼んできたよ」
「そっか、ありがとう」
黒は椅子に座ると、男にそっと笑みを浮かべた。
「お父さん」
「ん」
「話聞いてたよ。お帰りなさい、お父さん」
男はくすぐったそうに笑うと、ただいまと呟いた。

食事を終わったのを見計らい、男が言った。
「少し薄暗くなったな。父さん、ちょっと、用事があるからね、みんなで津崎さんを家まで送っていきなさい」
「うん、その方がいいと思う。なんだか、どんどん、物騒になるもの」
「そうだな」
男は頷くと小さく呟いた。
「あと、半年でなんとかしなきゃな」
「え・・・」
「ん、なんでもないよ。さぁ、暗くならないうちにお帰り」

男は黒達を見送ると、深く溜息をついた。
詳しくはわからないが、鬼との協定で政府は、幾人かの人身御供を提供するよう決めたようだ。もちろん、テレビで報道されるわけではない。裏からの情報だ。連れ去られた人間は、食われるか、慰み物になるか。鬼は人間を主食にしているわけでは決してない、つまりは遊びとデザート代りのようなものだ。
そして、連れ去られた人間は行方不明者として扱われる、何らかの理由で一年間に行方不明になる人間の数は案外多い、それに鬼の分が増えたとしても、さほど、目立たないだろうと政府は考えているらしい。
もちろん、その現場に遭遇すれば、角を生やした巨体がいくつもいるわけだ、騒ぎにならないはずはない。はずはないのだが、そうならないのは、多分、誰もが、この現状を気づきだしたのだろう、だから、直接、自分に被害が及ばない限りは見て見ない振りをするようだ。
それほど、人は高尚ではない。

「ん、幸はケーキ、どれにするかな」
男が顔を上げると、幸が目の前に立っていた。幸は口を閉ざしたまま、自然に口付けをする。
「ふむ。お父さんはショコラケーキだ。幸も同じのにするよ」
幸は笑みを浮かべると、店員にケーキを注文し、隣に座った。
「幸」
「ん」
「悪いことした、ごめんね」
「三毛はおしゃべりだなぁ」
「それは幸がとっても好きで、自分が何をすればいいのか、一所懸命考えたのさ」
「良い娘だ」
「一所懸命って良いな。ちょっと眩しい」
「ね、お父さん」
「ん」
「もっと近づいていいかな」
「いいよ、ありがとう」
幸は男の肩に頭を寄せると、両手で男の手を握った。
「お父さんにもっと近づきたいな」
「ありがとう、でも。ぶつかってしまうぞ」
「お父さん、幸はもっとお父さんに近づきたい。服の数ミリの幅でさえ、遠くに感じてしまうんだ」
「なんだか、凄い言葉だな」
「お父さん。幸もね、一所懸命なんだ。お父さん、本当にごめんなさい」


先頭を歩いていた黒が不意に立ち止まった。
囲まれてしまった、充分に気配を探っていたのに。囲まれる前に対応できなかったなんて。
相手、強いのか。
黒がすぅっと深呼吸をする。
「白、三毛。津崎さんと小夜乃を囲め。鬼に囲まれた」
黒の目の前に黒い影が浮かび上がる。高さ五メートルはあるだろう、その黒い影は次第に実体化し、額に角を生やした鬼の姿になる、戦争映画で見たような戦闘服を着ていた。
「黒姉ちゃん」
三毛が叫んだ。目の端で後ろを覗く。五人を囲むように鬼が円陣を組んでいた。

「黒猫。小夜乃というのはどれだ」
巨大な鬼が地鳴りのような声で黒に問いかけた。
「なんのことだか、わからないな」
鬼は面白そうに五人を見比べていたが、小夜乃を睨むと、にぃぃと笑った。
「猫と人間、簡単な消去法だ」
鬼が号令を掛けた。
「真ん中の白い服の女を連れて行け。後は形も残らぬよう切り刻め」

黒ががっと目を見開いた。
「自在」
黒が叫ぶと、両手に一本ずつ、男の使う、筒が現れた。
それを白と三毛に投げ渡す。
「白、三毛。姉ちゃん、一気に片付ける。少しの間、二人を守れ」
「なんだ、黒猫。腰でも抜かすかと思うたが、どうやら、楽しませてくれそうだな」
正面の巨大な鬼が地響きのような大笑いをする。
「警告する」
黒が声を発した。
「無の眷属、黒。命が惜しければ、すぐさま去れ。惜しくなければ、肉片と果てろ」
不意に鬼は関心を持ったのか、黒を睨みつけた。そして、顔を上げ、睥睨(へいげい)する。
「お前ら、手を出すな。にっくき魔術師 無の関係者らしい。一対一で楽しませてもらおう」
凄みのある笑みを鬼は方頬に浮かべ、黒に言った。
「踏み潰してやろう」
瞬間、黒が間合いを狭めた。飛び上がり、宙返り、鬼の顎を蹴り抜いた。
鬼は微かに安定を崩し、半歩、足を引いたが、さほどの衝撃を与えることは出来なかったらしい。
「首の太さを考えろ」
鬼は笑うと、反撃を開始した。
五メートルもの身長の二足動物がどうしてこんなにも動けるのか。容赦ない頭上からの打撃が黒を襲う。
必死になって黒は打撃を避けるが、何故か避けた方向へ打撃が飛んで来る。
瞬間、鬼が姿勢を落とした、まともに鬼の前蹴りが黒の腹部を蹴り上げ、黒がまるで紙切れのように飛ばされた。
鬼は笑うと、黒に言った。
「要らぬことを言ったな。無の名前がでなければ苦しむことなく死ねたものを」
黒が体を起こし、鬼を睨みつける。

「本当に黒さんは真面目なんだから」
あかねが鬼の右肩に立っていた。
あかねがにぃぃと意地悪に笑みを浮かべる。

「え、あかねちゃん。ま、まさか」
黒が驚いて目を見開いた。
同時に鬼が自分の右肩を驚愕の目で見た。あかねの髪が一瞬、揺れた。
うぉぉっ、鬼が倒れ呻いた。あかねはすっと着地すると、黒の前に立った。
「黒さん。まさか、の後の言葉、教えて欲しいな」
「はっ、いいえ、あの」
あかねが嬉しくてたまらないと笑みを浮かべた。
「人の困った顔を見るのは大好き。でも、あんまり、黒さんをいじめると幸姉さんに叱られてしまうね」
鬼ののたうちまわるその動きがまるで辺りを地震のように思わせる。
あかねは鬼を振り返ると呆れたように言った。
「体の割に打たれ弱いなぁ。根性が足りない、今まで自分が攻撃されるってことが少なかったんだろうな」
「あ、あかねちゃん。いったい」
「たいしたことはしてないよ。なよ姉さんが心配してね、迎えに行くようにって、頼まれて来ただけ。で、ついでに鬼の肩、ちょっと踏み抜いてみた」
黒が茫然としたようにあかねを見つめた。
「黒さん」
あかねが背を向けたまま、言った。
「幸姉さんはこんなもんじゃない、完全に鬼を踏み潰すよ。そして、黒さんはあかねより本当は強い。ただ、実践経験が少ないし、優しすぎる。やるときは徹底的にやる、一厘の憐憫の心、一切、必要無し。倒すんじゃない、潰せ。わかったか、黒さん」
「は、はい」
あかねが一歩、踏み出した。
「のたうちまわっている根性無しはあかねが潰します。後の鬼は背の高さも大人程度、黒さん、頭切り替えて潰して行きなさい。わかりましたか」
「はい、わかりました」
あかねが微かに笑った。
「しっかりね、黒さん」


「ただいま帰りました」
あかねは小夜乃と手をつなぎ、家へ戻った。
奥から、なよたけの姫が割烹着を身につけたまま、足早にやって来た。
「おおぅ、小夜乃は無事か」
なよたけの姫は言うと、あかねに頭を下げた。
「すまなかったな、あかね。助かった」
「いいえ、楽しめました」
あかねは笑うと、ふと、居間に炬燵の準備があるのに気づき、我先にと入り込む。
あかねは苦手だった。小夜乃がぎゅっとなよたけの姫にしがみつき、顔をその胸に押し付けている。
怖かったのだろうと思う、それはわかるのだが、人と距離を置かねば、却って落ち着かない自分には、見ていると重苦しくなるのだ、少し羨ましいな、小さくあかねが呟いた。
しばらくして、落ち着いたのか、小夜乃があかねの横に正座する。
「助けてくれてありがとうございます」
「どういたしまして」
あかねは笑みを浮かべると、炬燵の布団を少し上げる。小夜乃が斜め向かいに座った。
「もうすぐ黒さん達も帰って来るよ。あの女の子も送り届けたようだし」
「あかねさんは強いし、いろんなことがわかるんですね」
「そんなに強くはないよ。幸姉さんやお父さんには到底、及ばないし、それに心の強さは小夜乃が上だよ、あかねよりも」
あかねは笑うと、微かに俯いた。
「ただ、いま、ここにこうしているのがとても幸せだし、この幸せを護るためなら、いくらでも頑張ることが出来ると思う。あぁ、何言ってんだろう」
あかねは素直に照れ笑いをすると窓の外を眺めた。外も暗くなり、照れ笑いをする自分の顔が映る。
硝子の反射に蜜柑を載せた籠を持ったなよの姿が見える。
なよは小夜乃の隣りに座ると、蜜柑の籠を置いた。
「晩ご飯の用意をあさぎに頼んできた。あかね、蜜柑を食え」
あかねは笑うと、蜜柑をひとつ取った。
「まさか、かぐやのなよたけの姫と炬燵に入って蜜柑を食べるとは想像もしておりませんでした」
「その名を言うな。なよで良い。」
くすぐったそうにあかねは笑みを浮かべ、蜜柑の皮をむく。甘そうな蜜柑だ。
「なよ姉さん。あれは南面の鬼です。高園童子の流れを組む鬼ですね。この国の為政者達は最悪な選択をしました」
なよは黙ったまま、蜜柑をひとつ取る、
「あの時の自衛隊はまだ人間だった」
「いまは、自衛隊の一部に鬼化した自衛官だけを集めた部隊が編成されつつあります」
「神崎の動向は」
「神崎は放逐されました。ただ、彼はいずれ力をためて、反撃に出るでしょう。彼は徹底的に鬼を毛嫌いしていますから」
なよは剥いた蜜柑を半分に割り、その半分を小夜乃に手渡した。
「小夜乃、食え。美味いぞ」
なよは嬉しげに小夜乃に笑みを浮かべた。
「なよ姉さんは小夜乃に甘いなぁ」
「いうな、照れるわ。ただな、あかね。わしは小夜乃にしても、黒にしてもな、それから、世話になっている佳奈もじゃ。普通に暮らせるようにしてやりたい、いま、本当にそう思うのじゃ。多分、それは、わしがいま幸せなのじゃからであろうな」
あかねはいたずらげに笑みを浮かべると、蜜柑をほおばった。
「なよ姉さん、可愛いですね」
「千年以上生きて、可愛いと言われるとはな。わしもなめられたものじゃ」
なよがくすぐったそうに笑った。
不意になよが玄関口の方角を睨んだ。
「鬼が攻めてきた」
飛ぶように、なよは玄関口へ移動すると、外を睨んだ。
漆黒の雲、いや、見上げるほどの壁が向こう、こちらへと向かってくる。
その前を白が黒を背中に背負い、三毛がその背中を押し、駆けていた。
「遅い」
なよは呟く、爆発、風があかねを後ろへ追いやった。なよが最高速で飛び出した。一瞬にして、なよは三人を抱きかかえ、絹で縛ると、アスファルトを粉微塵に蹴り、玄関口へ飛び戻った。
「あさぎ」
なよが叫んだ。
なよの緊張した声に、あさぎが慌ててやってくる。小夜野も飛び出してきた。
「晩御飯の用意は後じゃ。鬼が攻めてきた。父さんと幸が戻ってくるまで持ちこたえるぞ」
「はいっ」
あさぎが叫んだ。
「あさぎ、そのまま、座れ。そして、この家を守りたいと強く願え。黒、白、三毛、お前達もじゃ。四人は、父さんと幸の術を学んでいる。この家の障壁と同調できる。小夜野もあさぎから、体操を学んだであろう。あれも、術のひとつじゃ。あさぎの隣りで強く願え」
「はい」
しっかりと、小夜野が答えた。
「よし。あかねはわしと来い」
二人は家の外に出ると、漆黒の壁を待ち構えた。
「あと十秒じゃな」
「角のある鬼は大勢がひとつに固まり、巨大化すると聞きましたが」
「やつらは、個であると同時に全体でもある。あかね、わしの背中に入れ、わしが押し返す」
「いやです」
「なにっ」
「それは、あかねが、かっこよくありません」
あかねが漆黒の壁を睨んだ。
「さすがに、なよ姉さんでも、一人では支えきれませんよ」
二人の前に漆黒の巨大な壁が迫る。
すごい圧力だ。陰の威圧が二人を飲み込もうとする。

・・・遅くなったね・・・

声がした。二人が天を見上げる、遥かな壁の上、その遥か上から男が自在片手に急降下、自在が光の筋になり、漆黒の壁を両断した。壁が霧散し、自在片手に男が鋭い眼光を輝かせていた。しかし、すぐに笑みを浮かべると、自在を消した。
「二人ともお疲れ様。ちょっとね、大変でね。帰るのが遅くなってしまった」
「父さん、お帰り・・・」
そう呟いて、なよは腰を抜かしたように地面に座り込んでしまった。
あかねも大きく息を吐き出すと、しゃがみ込んでしまう。
「父さん、遅いですよ」
あかねが息を吐きながら呟く。
「いや、なんというか。申し訳ない。実は幸がね」
不意に驚いたようにあかねが辺りを見渡した。
「お父さん。幸姉さんは」
男が困ったように笑みを浮かべる。
「あのね、間違いなく、背中の女の子が幸だと思うんだけどね。いったい、どうしたのか、父さんにもわからなくてさ」
男は小さな、小学生くらいだろうか、女の子を背負っていた。