普段着の文章

物部俊之 日誌 「私はこう考えますけど、あなたはどうですか」




京都新聞 ベタ記事だけれど、「ルワンダ虐殺 仏加担 政府委託報告 武器提供」の記事を読む

京都新聞 ベタ記事だけれど、「ルワンダ虐殺 仏加担 政府委託報告 武器提供」の記事を読む。
ようは、ルワンダでの虐殺に使われた武器がフランスから送られたということだ。

隣人が殺人者に変わる時
ルワンダ・ジェノサイド生存者たちの証言

http://www.kamogawa.co.jp/kensaku/syoseki/ra/0609.html

「隣人が殺人者に変わる時 加害者編」(かもがわ出版)を読んだ私としては、隣人の足をなたで切り落とした証言とか、なたも、おフランス製なのかどうかはしらないけれど、武器を提供するという行為がどれほど悪辣なものかとは思う。

武器というものは、これだけあれば安心という性格の商品ではなく、持てば持つほどより持ちたくなる。
ましてや、その武器を使って焦土にしてくれれば、何もなくなったわけだから、いろんな商品を生活必需品を中心に売り込むことができる。
これだけでも、武器はまっとうな商品ではなく、また、武器を販売する者を「死の商人」と呼ぶに値することが納得できるのではと思う。

日本という国も何やら武器を売って儲けようという方向になっているけれど、自分がされて嫌なことを他人にもしないというのは、人として社会を営む上で、基本中の基本であると私は考えるので、いやなふうになってきたなぁと思う。

よく自衛のための戦争というけれど、人類の歴史上、そんなものは存在し得なかったと私は考えるし、軍備は戦争を呼び寄せる。
つまりは戦争になったらどうするかではなく、戦争にならないようにするにはどうするかが大事だと思っている。


2017.12.14

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福島県民お断りの作文全文!書いた中学生は誰?読んで泣きました! を読んで考える

福島県民お断りの作文全文!書いた中学生は誰?読んで泣きました! を読んで考える

http://vivivigirl.com/fukusimakennminnokotowari/


2016年12月10日 ·

このところ、何か、社会に関わることを考えるとき、私は、水俣病と広島長崎に攻撃された原爆から始めることが多くなったように思う.

水俣病の原因企業 チッソ 垂れ流した有機水銀が水俣病の原因だが、その有機水銀はプラスティックの原料を作ることにより生じたもので、プラスティックを利用したことがないという人はいないだろう、そう考えたとき、水俣病という公害病における、まったく無関係の第三者は存在しないということだ.
そう考えたとき、フクシマに因るまったくの第三者は存在しないことになる。
つまり、記事にある「福島県お断り」など、絶対に言うことのできるものではないはずだ。

さて、ここで話を終えてしまうとつまらないのでちょっとだけ踏み込んでみる.
なぜ、「福島県お断り」と考えるのか.
一つは避難してきた人たちは放射能に汚染されていて、近づけば、自分も放射能で病気になるのではないかという不安.それと、多分、日本人固有のと言ってもいい忌むべきものと考えるものに対しての拒絶感がそう言わせるのだと思う.
これは、本音と建前という分け方をするなら、本音の部分だ.
だから、なにを考えているのですか、非科学的ですよと理屈をつまびやかに説明しても、あなた、それが人としての行いなんですかとなじっても、建前の中に隠された本音を変えることはできない。
本音までに到達しないのだ.

しばらく前から興味のあるアドラー心理学的に言うなら、この人たちは、こういう考えであることを、頑固に自分で決定してしまったということだ。
だから、決定した本人自身がその決定を変更しない限り、変わることはない.ただ、変えない決心もしているので、よほどに難しい.

アドラーが後年、教育に強い関心を見出したのも、今の人を変えていく労力を費やすより、これからの人たちに教育していく方がずっと楽なんじゃないか、と思ったのではないかと、私は、本音のところで思っていたりする.

ま、そんなこんなで、ちょっと、私は絶望感を抱きつつあったりする。

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