異形 月の糸 一話

「幸はお父さんが好き。お父さんは幸が大好き」
男の部屋、事務椅子に座る男の背もたれに手を添え言った。
「あれ、父さん、幸が好きだったかなぁ」
「ええっ、お父さん。お父さんは幸が好きだよね、ねえったら」
「ちょっと待ってくれよ、父さん、思い出すからな。父さんは幸が好きだったかな、どうだったかなぁ」
「思いだせ、お父さん、思い出せっ」
幸が男の後ろでぴょんぴょん跳ねながら歌う。ふと、男が顔を上げた。
「父さん、優しい人が好きだけど、幸は優しかったかなぁ」
「優しい、とっても優しいよ」
「そうだ、父さん、言葉の綺麗な人が好きだけど、幸はどうだったなぁ」
「幸はとても言葉遣いが美しゅうございますわ」
男がくすぐったそうに笑った。
「父さん、思い出したよ。父さんは、幸が、大、大、大好きだったよ」
「やったぁ」
幸は万遍に笑みを浮かべると、後から男に抱きついた。
「幸も、お父さんが、大、大、大好きです」

「何やっとるんじゃ、この父娘は」
部屋に入ってきたなよが呆れ顔で言った。にひひと幸は笑うと、なよに言った。
「なよ姉さんもやる」
「わしがか」
ふいっと、なよは男に抱きついて、大好きと頬を寄せている自分の姿を思い浮かべた。慌ててぱたぱたと手を振る。
「勘弁してくれ。わしは、そんなガキではないわ」

「もったいないなぁ、なよ姉さんは」
ふと幸は柱時計をを見た。
「お父さん。そろそろ、旅に戻るよ、あかねちゃんに叱られちゃう」
男が頷くと、幸は走って出て行った。
「繊細なのか、大胆なのか、見当のつかなぬ奴じゃ」
なよの言葉に男は笑うと、なよに椅子を勧めた。
なよが椅子に座ると、男が言った。
「相談があるんだろう、話してごらん」
「あのな。部屋が一つ欲しい」
「無駄に広い家だからね、空いている部屋、好きに使いなさい。そういえば、父さん以外、みんな、一つの部屋で寝ているし、不便なこともあるかもしれないね」
「いや、皆での雑魚寝は楽しい。というかのう、ふと目が覚めて、皆の寝息が聞こえるとほっとするのじゃ」
なよは幸せそうに少し笑うと、男に改めて言った。
「なんというかのう。実は機織りをやってみようかとな」
ふと男はなよがかぐやのなよ竹の姫と呼ばれていた頃、機織りの才に恵まれ、人気を博していたことを思い出した。刃帯儀も元は機織りから生まれた技だ。
「それはいいね。あ、でも道具とか揃えなきゃならないな」
「昔の屋敷の地下にある、先日、幸と確認したばかりじゃ」
「なら、黒達に運んでもらえばいいね。花魁道中の儀で」
「本来、高貴な者を運ぶ術が、すっかり引っ越しのトラックと同じになってしもうたわ」
なよが愉快に笑った。

かぬかは緊張していた。黒達は学校からまだ戻っていない。ならばと、なよはかぬかを連れて街へ向かったのだった。電車の長座席、隣同士になよと座る。一緒に生活をしてみて、なよへの恐怖心はいくらか薄れたが、いま、政府がかぐやのなよ竹の姫に掛けた懸賞金はうなぎ登りだ。懸賞金につられて、どんな賞金稼ぎが現れるかしれない。
なよといえば、OLが上司の命令で書類を届けに向かっていますというような、ありふれた単色のタイトスカートに白い飾り気のないシャツ、捲った袖口の高さが左右で違っている。姿はおしゃれなど気にもしない様子だが、その表情、ちょとした、手の仕草が、その高貴さを隠しえていない。
「かぬか。どうした、緊張しておるな。もっと、気楽に力を抜け」
「はい。ですが、周りの人達に賞金稼ぎが紛れ込んでいるかもしれないと思うと」
「ならばよい余興じゃ」
なよが微かに笑みを浮かべた。
「残念ながらこの車輛には乗っておらんようじゃの。久方ぶりに機織りをするからな。今の流行を調べに行く。呉服や貴金属、裏の世界に関わる奴もおろう、楽しいぞ」
「なよ姉さんは強い方ですが、好んでそのような場所に行かなくても」
なよが少し意地悪に笑みを浮かべた。
「ま、いろいろあるわい。それにな、何処の誰ともつかぬ奴のために我慢をするのは性に合わん。そんな人生はつまらんぞ。とにかく、終点まで行く。そして、繁華街をうろうろするのじゃ、なんといったかのう、ああ、ウィンドウショッピングじゃ」
なよは自分の言葉に得心したようにうなずいた。
列車が停車し、乗降する人、ふと、かぬかの視線が定まった。男性二人と女性の三人組。
微かな違和感、眼が違った。誰でも少なからず眼に表情がある、楽しいだとか哀しい、つまらない、何かに気を取られている、しかし、三人の眼は鏡面のようにその感情を、もちろん、それがあるならばだが、その内に隠していた。ゆらりとかぬかが腰を浮かす。
滑るように男二人が突進する、なよを取り押さえようとしたのだ。腰を落とした男達の顔面をかぬかの利き足が薙ぐ。
ふわりと男達がその蹴りの微かに下を潜り込んだ。瞬間、かぬかは軸足を浮かし、不安定になりながらも振り返る。
座席には穴が開き、男二人の頭が胸まで陥没していた。
なよ姉さん、いない、慌ててかぬかが車内を見渡すと、なよが女の首に腕を絡め、にぃぃとかぬかに笑い掛けていた。
「席がふさがってしもうた、こっちが三人分空いておる、来い」
かぬかは状況が把握し切れないまま、その女を間に三人で座る、乗客達は無関心を装って、関わりにならぬよう、俯いたり、あらぬ方向を眺めている。
「楽しいのう、道行きが三人になったわ」
「なよ姉さん、危険ですよ」
「寿司でいうところの、わしがとろで、お前がシャリ。こやつはワサビじゃな。とろとシャリの旨みを引き立ててくれるわい。面白い話を聞かせてくれるかもしれんぞ」
なよはにぃぃと笑みを浮かべると、女の肩に腕を回した。
「のう、智里。今日は一日わし等につきあえ」
「智里って」
「心を読まれぬよう術で心を隠しているようじゃが、わしには効かぬわ。かぬか、智里のうなじに触れてみい」
かぬかがそっと智里のうなじに触れてみる、じっとりと濡れている、汗だ。微かに震えている、緊張しているんだ。
なよが智里の耳元で囁いた。
「わしは古今東西の術を心得ておる。なぁ、智里。その面倒臭い術を解除してやろう。瓦解式、第四五三七八式」
なよは笑みを消すと、智里の耳元で囁く。意味不明の唸りだ。微かに漏れ聞こえるなよの声に、かぬかはこれが白澤様の言っていた中間言語による呪文の詠唱だと気づいた。
ふっと、智里の顔に恐怖が現れた。叫び出そうとする口をなよが手でふさいだ。
「どうした、智里。ん」
なよは笑みを浮かべると智里に囁いた。
「なんと、美味そうな首じゃなぁ、がぶりと食いちぎりたいのう。そうじゃ、昼飯代りに少しだけ食わせてくれ。な、いいじゃろう」
智里が涙を流しながら首を横に振ろうとする、しかし、なよの両腕に頭をしっかり固定され、動けず呻くだけだ。
「喉も渇いたわい、お前の血は何型じゃ、わしはA型が好みなのじゃが。ふむ、そうか、A型か。それは良いのう」
「なよ姉さん。それくらいにしてあげてください」
かぬかがたまらず声を上げた。
「ん、お前はわしを拉致しようとした奴に情けをかけるのか」
「で、でも。なよ姉さん、辛いです」
なよが声を上げて笑った。
「冷徹になりきれぬお人よしじゃな。ま、わしも幸も、お前のそういうところ、存外、気に入っておるがな」
なよがあっさりと両手を智里から放した。涙をだくだく流しながら、智里が荒く息を繰り返した、目の周りが真っ赤だ。
なよは、にぃっと笑みを浮かべる、そして言った。
「ま、可愛い・・・、ような気もする妹の言うことじゃ。智里、今日一日つき合え、そうすれば開放してやるわい、多分な」
いつの間にか、終着駅だ。なよは何事もなかったように立ち上がる、ドアが開くと同時に出た。かぬかがすぐに後を追う。驚いたことに、息の荒いまま、膝の震えるまま、智里が後をついて、列車を出た。
男二人を列車に残したまま。

何を考えているのだろうと、かぬかは驚いていた。智里という女、列車から下りずにいれば、プラットホームを反対に走れば逃げることもできるだろうに。なよ姉さんの後、一歩、引いて歩いている。少し、腰が引けて、怯えている。そんなに怯えているくせに。

駅を出て、ビジネス街を少し越えたところに老舗のデパートがある。
「よし、百貨店じゃ。入るぞ」
にかっと、なよがかぬかに笑みを浮かべた。

良く分からない、かぬかは呆気に取られていた。貴金属のフロア。手前にこそ、結婚指輪、数十万円の商品が並べられているが、一歩、踏み入れば、一千万円が基本の単位になっていて、億などざらだ。ただ、ガラスケースごしに眺めていても、かぬかには入り口の数十万の指輪との金額の違いがまったく理解できなかった。
「かぬか。どれが気に入った、というても、わしは無一文。買ってはやれぬがな」
気楽に言う、なよの顔を見る。なよ姉さんの顔、スーパーで夕飯の材料を買う時と同じだ。
「何がなんだか。どれも同じように見えるし、別世界に来たみたいで」
ふふんとなよが笑った。
「値札を見るなよ、値札ではこいつらの面白さはわからん。お前が良いと思えば、お前にとってそれは良いモノなのじゃ」
「は、はぁ」
ゆるやかな歩調で店員がやって来た。
「いらっしゃいませ」
にこやかな笑顔で店員が挨拶をする。
「わしらは無一文。眼の保養に来ただけじゃ。勝手に眺めておるから、いんで、金持ちの客を相手せい」
なよがあっさりと答える。一瞬、むっとした表情を店員は浮かべたが、すぐに笑みを浮かべ直すと、猫なで声で言った。
「こちらの商品は一般の方には少しお高いかと・・・」
「高いのう。ちぃぃと、掛け過ぎじゃな。適正価格の三倍はとっておるな」
「は・・・、それは」
店員が強い声を発しかけた瞬間、マネージャが様子に気づき、駆け込んで来た。
「あとは私が対応させていただくから、君は下がっていなさい」
マネージャーの叱責ともとれる言葉に店員はいぶかしく思いながらも、持ち場へと戻る。
「こ、これはかぐやのなよ竹の姫様。店の者が失礼を働き、申し訳ありません」
「かまわんわい。人を怒らせるのはわしの趣味じゃ」
にかっと笑うと、かぬかに声をかけた。
「かぬか、こいつが支配人、比奈垣じゃ。絶対友達になってはならん悪人じゃな」
「悪人って、そんな面と向かって」
「どんなに清らかな値を入れても、演算子が悪ではどうしようもない。こいつはな、善人のような顔をしておるから、余計に始末が悪い、覚えておけよ」
比奈垣が、ぱたぱたと手を振った。
「かぐやのなよ竹の姫様、いつものことながら、お口が悪い。私ほど、清らかな心の持ち主は居りません。このダイヤのように清らかで、透き通ってございます」
右手で指し示す、ティアラには、どれほどあると言えば良いのだろう、巨大なダイヤを中心に無数のダイヤがそれを囲み、夜の空を巡る星々を髣髴させる。
「ふん、たくさんの怨念が篭っているではないか。剣呑、剣呑」
意味ありげに比奈垣が口端を歪ませ、笑みを浮かべた。
「高値で売れますが、必ず、また、この店に戻って参ります、ただ、同然で。余程、ここが居心地よいようでございます」
「個人が持つようなものではないな」
なよが言い終わると同時に管内放送が流れた。
「お客様に申し上げます」
若い女の緊張した声だ。
「最上階のフロアに爆薬を仕掛けたという通報が」
アナウンスが終わる間もなく、ふいに、なよは両肩を上げ、そして下ろす。首を回し、準備体操をするように。
「なるほど。で、比奈垣。わしをいくらで売った」
「私どもでは到底姫様を捕獲することは不可能。ですが、結果に限らず通報するだけでもなかなかの小遣い稼ぎとなります。哀しいかな、私も雇われの身でございまして、大きなお金に目がくらんでしまいました」
笑みを浮かべたまま、比奈垣が答えた。
「しもたのう、先に着物を見ておけばよかった、大島紬の良い色があると聞いておったに。ほんに、比奈垣、お前は期待を裏切らぬ男じゃ。しょうがない。では、ぼちぼち、退散するかな」
なよが比奈垣に背を向けた。慌てて、比奈垣が叫んだ。
「ひ、姫様。私は裏切り者ですぞ、お仕置きを。お願いします、お仕置きを」
なよがつまらなそうに振り返る。
「お前の趣味につき合うのものう」
「し、しかし、大恩ある姫様を裏切りました、ぜひとも、折檻をお願いいたします」
なよは、比奈垣の前に立つと、ぐっと睨んだ。
「歯を食いしばれ」
「はいっ」
悲鳴にも似た叫び声で、比奈垣は直立不動に立つと、ぐっと歯を食いしばった、喜色に口元が綻びそうになるのを必死に歯を食いしばる。
なよが軽く比奈垣の頬を触れるかのように叩く。
「これで満足か」
「姫様、殺生でございます。そんな、生殺しのような」
比奈垣が最後の言葉を言い切る瞬間、なよの拳が空間を駆け、比奈垣の顎を打ち砕いた。まるで、独楽のように比奈垣が空を飛び、展示ケースの硝子を砕き、宝石を散らばせながら堕ちた。
「な、ないすでございます、姫様・・・」
呟くと同時に比奈垣は失神した、幸せな笑顔のままに。

「さて、智里」
なよの言葉に、気味悪げに比奈垣をのぞき込んでいた智里が飛び上がって顔を上げ、なよの足元にひれ伏した。
「顔を上げろ、話しづらい」
なよの言葉に弾けたように智里が顔を上げる。
「今日一日、苛め倒してから、解放してやろうと思ったが気が変わった。従業員の案内で溢れるように客が逃げていきおる。お前もそれに混ざればよい。追いかけずにいてやるわい」
なよはかぬかに視線を向けるといたずらげににっと笑った。
「これで満足じゃろう、ほんに庶民の妹は面倒臭いわ。少しばかり、こやつの首の骨を折っておけば、それですむものを」
なよの言葉に、かぬかはほっとしていた。うどん屋の店員が妙なことで、白澤様の精鋭になったのだけれど、人を殺すという行為に抵抗がある、まだ、そこのところが割り切れないでいる。
「いつか、その甘さがお前の災厄となるじゃろうが、わしがお前の姉である以上は、あまちゃんの妹を災厄から護ってやるわい」
「あ、あの」
智里が声を上げた。
「ん」
なよが振り向いた。
「かぐやのなよ竹の姫様。私を部下にしてください、お願い致します」
いきなり、智里が床に額をこすりつけた。
「ええっ」
思わず、かぬかが声を上げた。

二話
「いらん、いらん。鬼共に国を滅ぼされ、既に国を再興させる気も失せた。今はただの居候、部下など必要ないわ」
なよの言葉にかぬかも同調した。
「智里さん。なよ姉さんの部下になっても良いことなんて、一つもないよ。こき使われるだけだから」
むっとし、なよがかぬかの頭に拳をごつんと落とした。
「痛っ、たたっ」
「確かにその通りじゃが、口に出されると腹が立つわい」
なよは額を床に擦り付ける智里に怒鳴った。
「帰れ。出なければ、死体になって帰ることになるぞ」

「良いんじゃないかな。啓子さんが援農集団を作りたいって言ってたし、参加してもらおう、ちょうど良いよ」
幸はかぬかの後ろから両腕を回し、顎をちょこんとかぬかの肩に載せていた。
「うわっ、幸」
「にひひ。かぬか、後ろ取られるなよな」
「なにしに来た」
機嫌最悪のなよが言った。
「大好きななよ姉様がご立腹のご様子、旅先から、慌ててやって来た次第ですよ。面白いなぁ」
幸はふわっと智里の前にひざまずくと、清らかな声で智里に話しかけた。
「智里。顔をお上げなさい」
驚いて顔を上げる智里の視線に清らかな笑みを浮かべた幸がいた。
「女神様・・・」
幸は両手で智里の手を取ると、微かに俯き、そして顔を上げると、智里の目を見つめた。
「私はかぐやのなよ竹の姫の妹です。お前は何故、姉様の部下になりたいというのですか」
「高貴さと力強さに心を射貫かれました」
絞り出すように智里が呟いた。
幸は悠然と頷くと、強く智里の手を握り締めた。
「姉様は部下という言葉を好みません、哀しみが蘇り、その心を押さえ込んでしまうのです。智里、姉様はこれからもたくさんの苦難に対峙せねばなりません、姉様をお願いしますよ」
柔らかな笑顔を浮かべる幸に智里は強く頷いた。
「必ず、必ず、お護り申し上げます」
幸は頷くと、ふわりと浮き上がり、なよの横に浮かぶ。
「あとはよろしく」
「勝手なこと、ほざきおって」
幸は楽しそうに笑うと、かぬかに声をかけた。
「何日かしたらさ、あかねちゃんと旅から帰るよ。いっぱいお土産買ってかえるからな、楽しみに待っていてくれ」
「お、おう」
「幸、地酒を忘れるな」
なよの言葉に頷くと、ふっと幸は姿を消した。

茫然としている智里になよが怒鳴った。
「立て、智里」
「はいっ」
跳ね上がるように智里が立ち上がり、直立不動の姿勢を取る。
「わしはこれから十分間、階上の呉服売り場で着物や帯を眺める。その十分間、ここから上には誰も通すな。十分後、かぬかとこの百貨店を抜け出せ。良いな」
「了解致しました」
智里が元気に答える。
「かぬか。茶店、築地で落ち合うぞ。智里を案内してやれ」
かぬかが頷くのを確認すると、その姿を消した。
智里は視線を外さないようしながら、かぬかに頭を下げた。
「かぬかさま。よろしくお願い致します」
「あ、あの。さまは勘弁してください」
焦りながら、かぬかが答えた。智里は頷くと、背中から一振りの刀を抜いた。直刀、刃渡りは四十センチあるかないかだ。
さてと、かぬかが考える、エレベーター、エスカレーター、階段、かぬかは走ると、五機あるエレベーターに駆け寄り、上下全てのボタンを押した。振り返ると、エスカレーターが止まっていた。智里がエスカレーターの横にある緊急停止ボタンを押したのだ。

足音、向かってくる足音、何重もの足音が重なり、地響きのようだ。
階段だ。
智里とかぬかが階段に駆け寄り、見下ろすと、盾をかざした機動隊が横並びに駆け登って来た。
目的は十分間、この階を持ちこたえること、そして、脱出すること。
かぬかは男の言葉を思い出していた。
杖は突けば槍と化す、特に筒はね、両端を刃のように鋭くしたものだ。筒をね、持ったまま、感覚的なことだけど、腕ごと最速で相手に飛ばしなさい、そうすれば必ず少し穴があくからさ、筒と体を繋いで、体当たりするように押し込みなさい。そうすれば大抵のものは貫くことが出来るよ。

「行きます」
かぬかが呟くと同時に階段を飛び降りた。先頭中央の盾だ。筒を打ち出す、盾に当たった瞬間、ほんの一ミリ、先端が盾に入り込んだ気がした。
「うおぉぉっっ」
雄叫びを上げ、かぬかが体ごと盾を打ち抜いた。列が崩れた透き間を智里が走る。一瞬、無防備になった機動隊を反撃する間を与えず、撫でるように切り裂いて行く。致命傷は与えない、深く斬れば刃毀れもあるし、時間もかかる。多を相手にする場合は神経戦だ、大量に血を流させることで、相手に動揺を与えるのだ。
かぬかは智里の動きを見た瞬間、電車での蹴り足を擦り抜けた男たちを思い出した。
なよ姉さんが異様に強いだけで、あの二人もかなりの使い手だ。でも智里さんはあの二人を遥かに越えている。
銃口、かぬかの目の前に黒く穿たれた穴が浮かんだ、催涙弾だ。
無茶だ。
爆音が聞こえた、そう思った瞬間、ふわりとかぬかは銃口の微かに下、潜り込んでいた。白い煙幕と刺激臭だ。
「かぬかさん。十分経ちました」
智里が叫んだ。
かぬかが智里の手をしっかり握った。
「白澤九尾猫様、お願い申し上げ奉る。我とこの者、いっとき、天翔る力をお与えくださいませ」
ふわっとかぬかの体が浮かんだ。


智里は驚いていた。隣りを歩き、喫茶築地へと案内してくれる女の子、十代後半くらいだろう。そんな女の子が白澤九尾猫、あの本家の大魔術師の力を借りることができる、それに、あの武器は噂に聞く「筒」だ。無という字を持つ伝説の術師が使っていたと聞く。
「ここですよ」
かぬかの声に、智里は顔を上げた。瀟洒で少し古風な喫茶店だ。先程の百貨店からもそう離れていない。
ドアを開ける、奥の席で、なよが珈琲を飲んでいた。そして、その向かい側と隣りには女の子が四人、おすましして座っている。
口元に珈琲カップを寄せたまま、なよが微かに視線を向ける、視線で頷いた。
すっと四人の女の子が立ち上がり、なよに近い席をかぬかと智里に譲った。
一番年嵩の女の子、黒がにっと笑ってかぬかに話しかけた。
「かぬかさん。なよ姉さんのお供、お疲れさまでした」
「どうして、黒達まで」
かぬかがそう言うと、黒は気恥ずかしげに笑みを浮かべた。
「ケーキセットでございます」
すっとウエイトレスが黒の前に紅茶と苺のショートケーキを並べた。
「かぬかさんと智里さんはどのケーキにしますか」
白がかぬかにメニュを手渡した。
「三毛はチーズケーキ。小夜乃ちゃんは黒姉ちゃんと同じ苺のショートケーキです。ちなみに白はチョコレートケーキですけど」
白は目の前に置かれたチョコレートケーキを幸せそうに見つめた。
「そんなわけでケーキにひかれて小夜乃ちゃんを花魁道中の儀で連れて来たんです」
三毛が言うとなよがにかっと笑った。
「本当は小夜乃だけで良かったんじゃがな」
「ごちそう様です。なよ姉様」
白がこくっとなよに頭を下げた。
肩に文鳥、額に絆創膏を貼った小夜乃は思い切って立ち上がると、智里に深くお辞儀をした。
「智里さん。母、かぐやのなよ竹の姫をお認めいただきありがとうございます」

「え、あ、あの」
戸惑う智里を興味深く、黒が眺めた。
「娘の小夜乃さんです」
黒が解説をする、
「正確には養女です」
小夜乃が付け加えた。

「養女は余計じゃ。なにせ、わしの頭をスリッパではたく奴じゃ。我が子で無ければ、蹴っ飛ばしておるわい」
「智里。そこの三人は黒、白、三毛。妹の娘じゃ。ま、ガキのままごと遊びのように、家族を名乗りあっておる。お前は従姉妹でいいじゃろうて」
「は、はぁ」
智里はこの展開についてこれずにいたが、それでも、なよの力強い笑顔を見たとき、なんだか、不思議にこれから楽しい日々が始まるような気がした。

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