遥の花 藍の天蓋 蛇足 御茶会

「竜之介君、今晩、何にする」
笑が肩に載った子猫の竜之介に言った。
笑の耳元で竜之介の声が聞こえた。
「笑の喰いたいものを選べばいい、俺は居候だ、気にするな」
珍しく仕事を早く終え、笑は竜之介を肩に載せたまま、近所のスーパーマーケットへ来たのだ。竜之介は一日、笑の肩に載り、ぬいぐるみの振りをしている。もちろん、それによって笑は肩に載せた人形と会話する痛い女になってしまったと回りから見られているが、笑もそれは承知だ。
ただ、笑は恥ずかしいという気持ちよりも、家族が出来た、そんな嬉しさや充実感の方が大きく、今の状況を積極的に楽しんでいるのだ。
不意に竜之介がくんくんと鼻を鳴らした。
「なんだ、香ばしい良い匂いがするぞ」
「たこ焼きだよ。さっき、スーパーの入り口に屋台のたこ焼き屋さんが来てたよ。竜之介君、たこ焼き食べる」
「あ。うぅ、いや、俺は居候だ、気にするな」
あきらかに竜之介は笑の肩で、そわそわと落ち着きをなくしていた。よぼど、たこ焼きが気になるらしい。
笑はスーパーマーケットの入り口まで戻ると、屋台のたこ焼き屋の前に並んだ。
スーパーに来たときは、まだ、屋台は準備中だったのに、たこ焼きの匂いにつられてだろうか、既に十人ほどの客が待っていた。やがて、笑の番になる。
「竜之介君。何個食べる」
「いや、俺は」
竜之介が微かに俯いた。
笑は笑顔を浮かべると屋台の店員に言った。
「十個入り、一つ、お願いします」
店員は笑の仕草に戸惑うことなく、笑の言葉を繰り返し、焼きたてのたこ焼きを経木の舟に詰めていく、手慣れた手つきだ。
「はい、お待たせ。五百円です」
「ありがとう」
笑は支払いを済ませると、近くにあったベンチに座った。
「竜之介君、一つだけ、つまみ食いしよう」
笑はたこ焼きを袋から取り出すと、長めの楊枝だ、一つ差した。竜之介はふわりと笑の膝に載ると、両手を拝むようにして楊枝を短く持ち、たこ焼きを自分の口元に持ってくる。後ろ足を伸ばしてぺたんと座る格好はテディベアのようだ。
器用に息を吹きかけ、少し冷ましてかぶっと一口食べる。
幸せこの上ない笑顔を竜之介が浮かべた。
「ありがとう、笑。このたこ焼きは今まで喰った中で一番美味い」
笑も嬉しそうに笑うと、視線を上げ、屋台を見る。
「黒猫亭って書いてあるよ。また、見つけたら買おうね」

買い物を終え、笑は自宅へと急ぐ。あの時から、三週間は経つだろう、それでも恐怖は消えない、竜之介がいるからこそ、明るく振る舞えるのだ。
「止まれ、笑」
竜之介が囁いた。
住宅街、夕刻、西日が眩しくて、その顔までは、はっきりしない、数十メートル先、二つの人影を見る。
家が立ち並ぶこの通りには他に人影もない。
「笑。どうやら俺の初仕事だ」
ふわりと竜之介は浮かび上がると白虎の姿に戻り、笑の前に出る。
どうしてだろう、笑は二つの影の内の一つが笑ったような気がした。
影の一つが片膝に立ち、細長い棒を掲げる、一際眩しく光りだす、もう一つの影が刀を引き抜いたのだ。
「来るぞ」
竜之介の声が終わる瞬間、赤色の煌めきが走った。瞬間だ、一気に数十メートルの距離が縮まった。竜之介が刀を持つ手元に噛みつこうとした瞬間、ふわりと刃が後ろに下がる、影が右手を弛ませ、刃が竜之介とすれ違う、
「逃げろ、笑」
竜之介が叫んだ途端、黒が笑と刃の間、刃を防ぐように、自在を突き立てた。刃が自在の寸前で停止した。
「なよ姉さんは十回に一回は勢いを消し切れません」
にっと黒が笑った。
「今のは、九回の口じゃ」
ふんと、なよは笑うと、やってきた智里の持つ鞘に刀を納めた。
なよは振り返ると唖然としている白虎を見て、にやりと笑った。
「さすが、神の名を持つ霊獣 白虎様じゃ。ただの虎と違うて、間抜け面がよく出ておる、顔の神経と筋肉が発達しておるのじゃな」
「お前。かぐやのなよ竹の姫だな」
竜之介が唸った。
「ほぉ、それなりに格のある白虎じゃな、わしの名を知るとは」
「鬼の女王が何故こんなところにいる」
「なるほど、ここ数年のことは知らぬようじゃな。わしの民は角のある鬼に全滅された、一人を除いてな。で、ま、色々あり、今は無の娘 次女のなよじゃ。よろしくな」
黒も隣に尻餅をついたままの笑に笑いかけた。
「無の四女 幸の娘 黒です。よろしく」
「こ、こちらこそ」
笑は戸惑いながらも答えた。黒は笑みを浮かべ頷いた。
「やっと、昨晩、お父さんが戻って来てくれまして、旅の話にお二人のこともあって、どんな風が遠くから覗いてみようということだったのですが。驚かしてごめんなさい」
「黒、謝るとは何事じゃ。まるで、わしが悪いことをしたようではないか」
にかっと、なよは笑うと手を上にのばして、竜之介の鼻を叩いた。
「可愛い子猫に戻れ。道が狭うてかなわん」
竜之介はむすっとした顔をしたが、素直に子猫の姿に戻ると、笑の肩に戻る。
「笑。あっちの女はかぐやのなよ竹の姫。見た目は若い女だが、竹取り物語、あれにでてくる姫のなれの果て。千年以上生きている女だ。油断するな」
「なんと、口の悪い白虎様じゃ」
なよは嬉しくてたまらないと、竜之介の頭を軽くはたくと、すいっと笑の両目を見つめた。

「名はなんという」
なよの言葉に笑が緊張する。
「笑うと書いて、笑といいます」
笑の心臓が高鳴った。
「ほぉ、若いのに随分苦労をしてきたようじゃのう。苦労をしても、心は腐っておらぬようじゃ。わしはなよという。わしの後ろ、刀を持つは娘の智里。お前の横におるのが黒じゃ。よろしくな」
なよの言葉にうまく返事ができず、ただただ、笑は頷いた。
なよは視線を竜之介に向けると笑いかけた。
「ここ数年を知らぬとは、お前、どこぞの召還術士に取り込まれておったようじゃな。さても、まぁ、よい姫様に巡り会えたものじゃのう」

 

不意になよは龍之介の首を摘み上げた。
「さて、わしはこいつに剣術の基礎を教える。お前たちは晩飯の用意じゃ、もう一度、スーパーに行ってこい」
智里が驚いて言った。
「剣術をですか、手を使うことが出来ないのに」
「こいつは父さんから術を受けておる。声を発すると同じに、念で剣を振るうことができれば、面白い使い手になるぞ」
なよはにかっと笑うと、ふっとその姿を消した。
「あの、展開についていくことができません」
呆然と成り行きを目の当たりにしていた笑が戸惑うように言った、
「えっと」
黒が困ったように答えた。
「笑さんちにお邪魔して、みんなで晩御飯を食べましょう、準備ができるまでの間、龍之介さんをお預かりして鍛えてあげるということになります」
黒が大きく溜息をついた。
智里が笑に頭を下げた。
「ごめんなさい、ああいう母なもので」
 
三人、両手いっぱいの荷物を持ち、笑のアパートに戻ってきた。
笑が右手の荷物を降ろし、鍵を開ける。
「どうぞ、お入りください。ちらかってますけど」

黒は少し驚いた。
八畳一間、入り口の右手には備え付けの小さな炊事道具に古びたコンロ。左手奥にはスーツケースと大きめの鞄、両方とも半開きになっていて、あぁと黒が気づいた。鞄を棚と、もの入れ代わりに使っているんだ。その向こう、寝袋と毛布が一枚。毛布は小さく折り畳んである、多分、これは竜之介のベッド代わりだろう。他には何もない。
黒は単純にそれをかっこいいと思う。
「私も好印象です」
智里は呟くと、笑のあとについて部屋に入る。黒も従った。

白虎に戻った竜之介の目前には、なよに刃を向けた刀がまるで構えるように浮かんでいた。
「少々、刀がぶれておるな。しかし、最初でここまで出きればよしとするかな」
なよは笑うと、半歩踏み込む。竜之介の間合いに入った。
「わしを半分にするつもりで来い」

竜之介は混乱していた。かぐやのなよ竹の姫、優れた政治家であり文人であると聞いていた。とんでもない、全力で刀で斬りつけるのを、鼻歌まじりに避けながら、気づけば俺の鼻先で笑っている。どう動いているんだ。
「少しは学習したようじゃな。無鉄砲に飛び込んでこんというのは」
すいっとなよは白虎に寄ると、その鼻を軽くはたいた。
「ま、刀を自在に使うための道筋くらいは見えた筈じゃ、お姫様を護りたければ修練せよ」
竜之介は猫の姿に戻ると、なよを見上げて言った。
「かぐやのなよ竹の姫。術を教えてくれてありがとう」
「どうしましてと言いたいところじゃが、気色悪いのう、いきなり、素直になりおって」
「俺は笑を護れなかった、あれが敵なら笑は殺されていた」
「笑がまっ二つになっておったな」
なよは竜之介の首筋を摘むと持ち上げた。
「そろそろ、晩飯の用意も出来たじゃろ。缶ビールを買って帰るぞ」
なよが子供のようににかっと笑った。

スーツケースを横にして、小さなホットプレートを載せる。
「大丈夫、安定しています」
智里がホットプレートを少し揺らして確認する。
「たこ焼きがもんじゃ焼きになっちゃった」
黒が嬉しそうに笑った。
「お店のものなのに、ごめんなさい」
笑が黒に謝った。
店を早めに切り上げたので、これはなよのわがままだが、結局、用意していたたこ焼きの材料が残ってしまったのだ。
「なよ姉さんには逆らえないし。笑さん、もんじゃ焼きも美味しいと思うよ、チーズやたらこ、美味しいの、作るよ」
笑が嬉しそうに笑顔を浮かべた。
ふと、黒が笑の瞳をすっと見つめた。
「白虎と人、それでも家族なんだね」
笑がしっかりと頷いた。
「うちと一緒だ」
黒が振り返って、智里に笑いかけた。
ドアが開いた、なよが帰ってきたのだ、両手にスーパーの袋、中身はすべて缶ビールだ。
竜之介も飛び込んでくると、笑の膝に載った。
「お帰り、竜之介君」
ほっとしたように笑が笑った。
「なんじゃ、もんじゃ焼きか。がきのおやつではないか。ま、ビールには合うがな」
なよはどさっと缶ビールの袋を床に置き、ホットプレートの前に陣取った。
「笑は飲めるのか」
「え、あ、あの。少しは」
「なら、相手せい。黒は高校生、智里は外では飲みよらん」
くったくなく、なよは笑うと、袋から無造作に缶ビールを取り出し、笑に手渡した。
「なんもない部屋じゃのう。貧乏なのか、笑は」
うっと黒が息を詰まらせた。黒と智里、関心はあったが、常識として尋ねるべきでないと思っていたことをなよがあっさり言葉にしたのだ。
「えっと、あの。お金持ちじゃないですけど、普通に働いていて、生活にはとくに問題はなくて、あまり、あの、荷物は軽い方がいいかなぁって思うだけで」
戸惑う笑になよが笑った。
「なるほど、変わった奴じゃ。父さんが自分の姿を笑に見せたわけじゃ」
「それは」
黒がもんじゃを焼きながら、なよに尋ねた。
「ん、父さんが幸に追い出されて家出していた間じゃ、生け贄とされた十人の女を助けたが、己の姿を見せたのは笑だけじゃ。言い換えれば、姿を見せてもかまわん、まったくの部外者ではないということじゃろう」
なよの言葉に笑は唇を噛みしめ俯いた。そして、戸惑うように言う。
「私は四季合わせ方、です」
「なるほど、ちと、よく顔を見せい」
なよは身を乗り出すと、笑の顔をじっと見つめた。
「四季合わせ方は三家ある、三つの草、一の草は伊倉家、二の草は仁木家、三の草は佐倉家。佐倉笑、これがお前の名じゃろう。およそ、二百年前の佐倉家の女主によく似ておる」
なよは姿勢を戻すと、小さなコテでさっそくもんじゃ焼きを食べ始めた。
「うん、うまいぞ、黒。さ、皆も食え」
唖然と黒はなよを見つめた。
「ええっ、なよ姉さん。四季合わせ方って何なんですか。話が途中ですよ」
「四季は季節の四季にあらず、色を四季と呼び換えたもの。ま、染め物屋さんじゃ」
笑が顔を上げた。
「呪術師の服や持ち物を染めることで、その方の能力を一割ほどですが、上げるのが仕事です」
笑がほっと吐息を漏らした。
「黒よ。わしの十二単を覚えておろう。随分と、あの当時はお前等三姉妹を虐めてやったからのう」
「覚えてる、いまはなよ姉さんが優しい人だってわかっているけど、その時は、本当に怖かった」
黒が微笑んだ。
「ふん、まぁな。あの十二単も佐倉の家が染めたものじゃ。それぞれの色に染める草木土、それらが持つ、人の能力を増幅させる成分を、肌や呼気から少しずつ吸収するわけじゃ。もっとも、わしは色に頼らずとも強いがな」
なよはぐびぐびと缶ビールをあおると、大きく息を吐き、幸せ満点の顔で笑った。
「ビールの最初の一杯は至玉じゃのう」
一気に半分になった缶ビールを下に置くと、なよは笑に言った。
「佐倉家は三草の中でも、厳格に一子相伝を繰り返してきた家柄じゃ。今でも三の草でなければならんという術師も多かろう、そんな名家のお嬢様が一人で貧乏暮らしとはどういうことじゃな」
「あの、ビール。いいでしょうか」
笑の言葉になよは笑うと頷いた。笑が先ほどの缶ビールを開け、ごくっと一口飲み干した。
「中学生の頃です。父と母が術師たちの争いに巻き込まれて殺されました。私は父の弟である叔父夫婦に引き取られました、三草の秘伝書と一緒に」
「それは知らなかったな、その頃、わしの国はほぼ完全に鎖国をしておったからのう」
なよは微かに目を伏せた。惨殺されていった国民のことを思い浮かべたのだろう。
「叔父夫婦は佐倉の後継者になりたいと願っていたのですが、一子相伝です。叔父夫婦は後継者になりたい、私はこんな世界から逃げ出したい、ですから学校を卒業して、一年前、就職とともに、佐倉家から離れ、秘伝書も叔父に手渡したのですよ」
笑は両手で缶ビールを握りしめた。
「なるほど、詰めが甘かったということか。ん、智里、黒、食わんか。わしが全部食うてしまうぞ」
「詰めが甘いとは」
思い切って智里がなよに尋ねた。
「秘伝書が二冊あるということじゃ。一つは叔父の手元に。もう一つは笑の頭の中ということじゃな。秘伝書の中身を知っておるものがおるというのは、気色の悪いものじゃろうて。一子相伝が前提である、それ自体が価値となる、そこに秘伝書の中身を熟知している者が他におるなど、とんでもないことじゃろうな」
なよは、存外、笑が生け贄に選ばれたことと、叔父夫婦とには関係があるかもしれんと思う。
「大丈夫だ、俺がどんな奴からも笑を護ってやる」
いきなり竜之介は声を上げると、笑の肩に飛び乗った。
「俺はもっと強くなる」
ぎろっとなよが竜之介を睨んだ。
「馬鹿者」
なよが怒鳴った。
「竜之介、お前の目的は笑を護ることじゃ、強くなることではない」
竜之介は一瞬怯んだが、吠えたてた。
「強くならなきゃ、笑を護れない」
いつの間にか、黒がもんじゃ焼きをすべて食べていた。
「ごめんなさい、食べちゃった。まだまだ、焼くから、笑さんも智里さんも竜之介君も食べてね」
ついと、黒がもんじゃ焼きの具をホットプレートに流し込んだ。
「ほんにお前は幸に似てきたのう」
黒がくすぐったそうに笑った。
「竜之介君」
黒が小エビや天かすを入れながら言う。
「つまりはね、竜之介君が強くなることと笑さんを護るっていうのは、ある時点までは同じ方向を向いているんだけど、途中からね、方向がずれてしまって、竜之介君が強くなることと笑さんを護ることが同じじゃなくなってしまうって、なよ姉さんは言いたいんだけど、なよ姉さんは人を怒らせるのが好きだから、相手が怒るような順番で喋るんだよ、そういうの、慣れてね」
なよが呆れたように言った。
「黒よ。お前はわしの母親か、つまらんことを」
 

えへへと黒は笑うと言葉を続けた。
「さっき、なよ姉さんが襲って来たとき、竜之介君は笑さんを連れて素早く逃げるのが正解だったと思う。戦いになれば笑さんは足手まといになる、それに機先も取られているから、余程、相手が弱くないと勝てないよ。だから、相手が強いかどうかわからないときは、相手が強いと仮定して動かなきゃだめ。とすれば、逃げるのが最適解になる。ましてやね、この部屋はお父さんの結界が施されている、敵は入れないよ。つまりはこの部屋にまでさえね、逃げ込めば、じっくりとどうすればいいのか、お茶を飲みながら考えることもできるんだよ」
竜之介は瞬きもせず黒を見つめていた。
「わかった、俺の考えが足りなかったよ。ありがとう、黒先生」
感動した面もちで竜之介が言った。
「どういたしまして。でも、今のは、なよ姉さんが言おうとしたことを、普通の順番で喋っただけなんだけどね」
「黒先生ときたか。竜之介、わしにも先生と言うて、敬い讃えよ」
なよの言葉に竜之介はぷぃっと顔を背け、笑の膝の上に戻り丸くなってしまった。
竜之介の振る舞いになよは声を出して大笑いした。

なよは食べ終えたあと、笑の寝袋を枕代わりに一眠りと寝転がった。
黒は気にすることもなく、後かたづけを続けた。
智里は困ったように横目でなよを覗いたが、すまなさそうに笑に頭を下げる、笑が慌てて顔を横に振った。
「暢気な姫様だな」
竜之介が悪態をつく。
「あの、もう少ししたら帰りますから」
智里が戸惑うように言った。
片づけを終えて、黒も笑の隣に座る。
「この部屋の結界はね、中にいる人が楽しかったり幸せだと思うほど強くなる、随分、しっかりとしたよ」
黒が気楽そうに笑った。
「笑さんが極端に荷物を少なくしているのは、いつでも逃げ出せるようにするためでしょう、多分、叔父さんたちから」
驚いて笑が黒を見つめた。
「あまり、人の事情に深入りするのは良くないかもしれないけれどね」
黒の言葉に智里が言った。
「もしも、そうなら、相談してください。きっと、その方がいいです」
「あ、あの」
笑が言葉に詰まった。
「口伝じゃろう」
なよが目を開けて、いたずらげに笑った。
なよは寝転がったまま、肘を枕に笑を見上げた。
「二百年前、わしの十二単を佐倉に作らせたときじゃ。納品の時にな、工程に関わったすべての職人を呼んだ。そしてな、一人一人、どんな作業をしたかを問うて、ねぎらった後に、少し多めの金子を与えてやった」
「なよ姉さんがそんな良いことを」
「なんじゃ、黒。その物言いは。ま、もっとも、それは十二単に妙な仕掛けを作っておらんか、一人一人心を読んでいったわけじゃが、その時、佐倉家の口伝を知った。一割どころではない、二倍も三倍も、着た人間の能力を上げてしまう色の組み合わせがあるということをな」
なよは起きあがると、あぐらをかいた。
「詳しくはしらん。じゃが、能力を倍増する代償に極端に寿命が減ると聞いておる」
「子供が一週間で老人になります」
強く拳を握った。
「口伝としたのは、万が一にも流出をさせてはならないということ、そして、偶然に作ってしまわないようにと警戒したからです」
笑が唇をかんだ。
なよは笑を瞬きせずに見つめた。
「お前の叔父は、口伝を知ればそれを作るような奴なのか」
なよの言葉に躊躇いながらも笑は頷いた。なよは微かに吐息を漏らした。
「一の草が、世界と戦うこの国のため、軍の依頼に基づき、色を組んだ。それによって、兵士の能力は上がったが、連合国軍にはかなわなかった。ほんの七十年ほど昔の戦争話じゃ。しかし、人を鬼に変え、その上で口伝による色を組めば兵士の能力は極端に上がるじゃろう。それが笑の叔父殿の考えであろうな」
「叔父は必ず理由を付けて、色を組みます」
笑の言葉に、なよは竜之介を睨み、にやっと笑う。
「よう、竜之介。びびったか、このお姫様を手に入れようとするのは、叔父だけではなさそうじゃぞ。この国の上の方は三竦み状態、米派、鬼派、独立派がしのぎを削っておる。どれもがお前のお姫様を狙ってくるぞ」
まっすぐ、竜之介がなよを見つめ返した。
「笑を護ることになったのは、無の命令だ。俺は無が恐ろしくて、その命に従った。愛想いい顔の奥から吹き出してくる気配がたまらなく恐ろしかった。だけど、俺が笑を護り続けようと思うのは、単純に笑が気に入ったからだ」
ふふんとなよがにやついた。
「まさか、のろけ話を聞くとはのう」
なよは、最後に残った缶ビールを袋から取り出すと、ぐびぐびと飲み干した。
「笑。冷蔵庫を買え、ビールが冷えておらんわい」
とんと空き缶を置くと、改まった様子でなよが竜之介に言った。
「もしも、お前が役立たずの能なしで、笑を奪われたのなら、わしは口伝が公になるよりはと、笑をまっふたつに切り捨てるかもしれん。そのこと、しっかりと覚えておけよ」
ゆっくりと立ち上がると、なよは首を回し、大きく深呼吸をした。
「さて、帰るぞ」
なよが、あっさりとドアを開け、外に出た。
「お騒がせしました、それでは」
智里が、刀と、ビールの空き缶でいっぱいになった袋を抱えて後を追った。
黒も荷物を風呂敷に纏めると、ぐいっと背負う。
「笑さん、また、遊びに来てもいい」
不意に笑は正座をすると、黒の目を見つめた。
「あの、黒さん」
笑の言葉に、立ち上がりかけた黒は風呂敷を背負ったまま座った。
「黒さん。私は姫様ではありません、護られるだけでは辛いです」
「それで」
黒が呟いた。
「私も戦います」
笑がじっと黒の目を見据えて言った。
「黒さん、私に戦い方を教えてください」
「どうして、辛いの。護られて」
「それは」
笑が言いよどんだ。
黒はそっと笑みを浮かべると言った。
「護られるだけでは、竜之介君に対して自分が卑怯だと、そう思うならそれは間違いだし、それでも、卑怯だと言うのなら、卑怯でいいと思う。戦い方を教えるということは、武術や呪術を教わるということ、ときにね、その戦いは関係のないたくさんの人を巻き込むことがある、自分自身だって危険になる。笑さんはわかっているんじゃないかな、だって、お父さんやお母さんが殺されたのでしょう」
黒が言葉を重ねた。
「ぶつかり合うだけが戦い方じゃないし、なにより、笑さんは自分自身を護ることが、記憶を守ることが大切なんだと思う。だから、笑さんを危険にすることになるから、戦い方を教えることはできないよ」
黒は笑の手をぎゅっと握った。
「危ないと思ったら逃げる。いまのやり方が正解だと思う。でも、逃げるのに疲れたら、うちにおいで。なよ姉さんはあんなだけど、長女の幸乃姉さんはしっかりしているし、三女のあさぎ姉さんはとっても可愛いんだ」
「あんなで悪かったのう」
ぎゅっと、なよが黒の頬をつねった。
「痛ったたっ」
「遅いと戻って来たら、なにやら、偉そうなことを言うておるわい。こら、笑」
黒が笑みを浮かべたまま、頬をさすった。
「はいっ」
笑が飛び上がるように返事をした。
「お前、物事の是非をしっかりと睨んで考えろ。感情でうろうろするでないわい。それと、黒」
「はい」
「お前は笑が足手まといにならぬよう、危険の避け方、逃げ足の早さを教えろ。それくらいなら良いじゃろう」
「うん、そうする」
黒が頷いた。
「笑さん、竜之介君、それじゃね。明日、また」
ばたんとドアが閉まる。
大きく一息ついて、笑が言った。
「いっぱい、びっくりしたねぇ、竜之介君」

 

 

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